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2022年9月23日号 とんがりホテル 第二十九回「里海邸 金波楼本邸」

とんがりホテル 第二十九回「里海邸 金波楼本邸」

【月刊HOTERES 2022年09月号】
2022年11月29日(火)
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誠実に向き合うということ

----宿のわがままを受け入れていただく、というのは例えばどのようなことですか。
 
 お客様に一方的にお願いする宿のわがままをご紹介します。団体のお客様は原則として宿泊をご遠慮いただいております。大人数ですとラウンジや大浴場が占拠されてしまい、個人のお客様の居場所が無くなってしまいます。団体のお客様は交流目的ですから、個人客への配慮を求めたり、静かにお過ごしいただけますようお願いするのは酷な話で、最初からお引き受けしないほうが双方にとって賢明です。自分の内側に心を向けることのできる宿づくりですから、ラウンジにはたくさんの本が置かれて図書館やカフェのように、大きな声を出しにくい雰囲気をつくっています。当宿は団体客にとって居心地の悪い宿であることも伝えるべきことと思っています。
 
 また宿の外に大きな看板を設置しておらず、宿が見つかりません。宿に場所確認の電話をするお客様がほとんどです。小さな表札がひとつ、素っ気なく掛かっているだけですので、「これでは分からないよね」と苦笑いされます。看板が無いことで到着前からおもてなしがダメだと怒るお客様もおられます。しかし、場所が分かり辛くて入りにくい雰囲気であることを認識するからこそ、宿に入れば隠れ家としての心地よさを実感し、大きな安心感が得られると思っています。
 さらに、宿の中にも案内表示がありません。トイレや風呂はスタッフに尋ねないと最初は分かりません。そして学生寮のように深夜の門限も決められています。このように不便づくしの宿ではありますが、商業施設の緊張感を無くし、住宅感覚で安心感を得るための忠実な空間表現を大切にしているのです。
 
 食事に関しましても、好き嫌いのご要望をいただいても料理の変更をしない。食事開始時間が支度状況によって遅れることがある。食事の配席は宿にお任せしてもらう。など、こうして書いてみると、至らない、尽くせないという感じで、わがままですね。
しかし、美味しい快適な食事を作り出す品質は安定させなければならず、一方で人手は限られています。全体のオペレーションが崩れないためにも、ご要望をお受けできないことも受け入れていただきたいと思っています。「断られたのは初めてだ」と怒るお客様もおられますが、案外、大抵の方は受け入れて下さりご宿泊されるものです。
 
 本来、宿泊業で働きたいと思う人の多くは、おもてなしやご要望に応えることに生きがいや喜びを感じていると思います。しかし、様々なご要望に応えてゆくことで疲弊しているとすれば、幸福なことではありません。ご要望の多いお客様にお応えすると、高確率で再訪して下さいますが、再びご要望されることへの調整が負担になってきます。こうした状況が積み重なっても、急に人手は増やせませんから対処に労働時間が割かれてしまいます。結果として、当宿の商品をそのまま受け入れて下さっている大切なお客様へのサービスにご迷惑を掛けてしまうという最悪な結果になることもありました。
 
 当宿はそうした宿のあり方は続くものではないと反省し、コンセプトに矛盾したり労働環境を侵害する可能性のある要望には応じず、宿側の運営事情をお客様に受け入れていただき、お客様と正しく通じ合う関係を結べる宿になりたいと模索しています。

 

----なるほど…。全8室という客室数も、お客様との関係性に繋がっているのでしょうか。
 
 客室数が少ないので、スタッフが全客室のお客様を覚えることが可能です。予約時のやりとりから、チェックイン時、ラウンジ等で出会うお客様の行動、言動、お身体の状態、お気持ち、お好みなど、何か印象に残るものがあればその都度記録し、スタッフ間で共有・議論し、次の場面の接客に活用しています。お客様からすれば、スタッフが関心をもって見守ってくれているとの安心感があります。

 そして、お客様同士の干渉によるトラブルを防ぐことができます。例えば、お話好きのお客様と静けさにこだわる神経質なお客様が隣席なのは双方にとって不利益です。スタッフは全てのお客様の様子を把握しておりますので、そこに配慮が可能です。こうしてお客様の充実したプライベートのひとときを確保できるように努めています。

 

宿の中にこそ社会が広がっている

----最後に、今後の展望をお聞かせください。
 
 社会の不条理や人間関係のアンバランスに疲れを感じても、ここに帰れば、精神の均衡を支える雄大な海自然があり、変わらない安心感と、自分の内側に心を向ける場所があります。必要とする方にいつまでも普遍性のある存在でありたいです。
 
 この宿は余暇時間を通じてお客様の幸福をつくる娯楽事業ですが、忘れてはいけないのは、身近な宿の中、職場にこそ大切にするべき社会が広がっているということです。今後もグローバルな社会の多様なチャンネルからの要求を判断する舵取りの難しい運営が続くと思いますが、人生における幸福の手応えは身近なところから感じるものです。それが今後の宿づくりの判断基準になると思っています。

 

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