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第7 回 Part1 中村勝宏プレゼンツ ~美味探求~  第7 回 Part1 

日本ホテル株式会社 特別顧問統括名誉総料理長 中村勝宏氏 ×  株式会社佐藤総合計画 代表取締役社長 細田雅春氏

【月刊HOTERES 2018年10月号】
2018年10月19日(金)
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プロセスの重要性
 
細田 プロセスを見せるということですね。実はつい最近、新聞社の印刷工場の設計を手がけました。新聞ができるプロセス、つまり原稿が入って輪転機が回って、最後に新聞になってお客さんの手に届く、という一連の流れがわかるような建物を作ったんですよ。工場なんですが、全部の流れが視覚的に見学できるんです。しかも、その流れが建築の外形にも表れるようなものです。
 
中村 なるほどなるほど。それは画期的ですね。フランスの70 年代は第二のベル・エポックと言われ、高度成長で右肩上がりの時代で経済的にも安定してきた時代です。まさに日本でもそうでしたね。経済が安定すると文化面での発展も加速され、自ずと食文化も活況を呈してまいりましたが、先生が設計された新聞社の工場も地域に大きな貢献をすることになりますね。
 
細田 そうなんですよ。そうすると、それが地域の活性化に繋がったんです。子供から大人まで、その建物を見ることで、自分たちも新聞を作るような、市民参加の形をどんどんとり始めている。いま、そうした開かれたシステムというのを社会に広めていこうと考えています。私が感じるに、今の世の中というのはアウトプットしかわからないようになっている。近代化というのはそういうことだと思っています。途中の過程が全てブラックボックスになっている。もちろん、近代化を進めるためには、そうした方法も一つのやり方でしたが、現在、それが結果的に将来の展開の妨げになってきていると思います。例えば、コンピューターの時代なんてまさにそうで、アウトプットされた物しか見られず、途中のプロセスは一切わからない。そういうことばかりだと、物の本質が見失われてしまいます。つまり、はかない結果を見いだすことになってしまうのではないかと思うのです。
 
 いま中村さんがおっしゃった、厨房を見せるというのも非常に大事なことだと思います。料理が提供されるまでに、どんな形で作られているか、そのプロセス、やり方を見せるのはとても素晴らしいお考えだと思います。
 
中村 最近は食品会社が新しく工場を建てるときは、すべてを見せるために作るということもやっています。衛生面も含め、そのシステムをすべて見せるということは見る側に大きな信頼と安心感を与えることにも繋がります。
 
細田 先ほどお話しした新聞社の工場では、そうした「流れ」を建築にも現して、流動的で流れるような形態にしました。建築のあり方も、パッケージとして箱を作ってその中に納める、ということだけでなく、形態そのものも表現していくということが大事になってきています。
 
中村 先生の書かれたものに、建築職業エリアの役割というなかで、コミュニケーションの需要性を説かれておりましたが、例えば佐賀県の武雄市の有名な図書館とかありますね。
 
細田 実は、あれも私たちの設計なんですよ。
 
中村 あ、そうだったんですか! それは誠に失礼いたしました! 映像でもよく見かけましたが、とてもユニークで私も本が好きなので、ああいうところが身近にある人々は幸せだなぁと思うわけであります。
 
細田 いまスターバックスが入って、コーヒーを飲みながら本を読める場として有名ですね。
 
中村 大和市のシリウスもありますが、あそこも先生が手がけられましたね。
 
細田 そうです、シリウスも私たちがやったんですよ。全部が文化的なホールとか公民館的な物になっているのですが、建物内部の全部に本を置いたんです、あらゆるところに。そうしたことで、どこでも、コーヒーを飲みながら、本を読むことができるようになっています。建物全部が図書館であり、自分の居場所のような空間になっています。
 
中村 そうですよね。食の空間も隣接していますし、代官山の蔦屋(書店)ができたときに、あそこもレストラン部門と書店部門が融合していて、一つの素晴らしい建物で話題になりましたよね。
 
細田 そうですね。だからいま「人との交流」というか、コミュニケーションをどういう風に豊かにしていくか、ということが建築でも一番重要な主題になっていますし、たぶん料理の世界でも同じように、人とのつながり、絆をどういう風に高めていくかが重視されているのではないでしょうか。
 
中村 まさに先生がおっしゃられる通りですね。食べ物と建築というなかに、その目的にそって様々な空間がありますが、私ども料理人にはまず厨房となります。やはり感じるのは、同じ厨房でも東京のこの限られた空間と、地方の風土と一体化した空間というのでは全く違うなと感じます。地方の豊かさというのはそういうところにあるのかなという気がします。食材との一体感も直にあり憧れます。
 
細田 なるほど。私は、いま大きな都市はいろいろな意味で限界が来ているのではないかと感じています。ですから、地方の持っている視点から都市のあり方をもう一度見直すことが必要だと思っています。地方からの目、つまり、大都市にいたのでは見えない視点を持つということは、これから先、非常に必要なことだという感じがしています。
 
中村 それと、食空間のあり方など、どんどん変化し進化していることが感じられます。
 
細田 いまは建物の中のフードコーナーというのが非常に重要になっています。特に学校関係、大学とか。フードコーナーがいかに豊かかということが、学校の生命線にかかわる状況なんです。特に、海外はその傾向が強い。グローバル社会ですから、学校の中にいろんな人種がいるわけです。そうすると、和食、フレンチ、中華、タイ料理、ベトナム料理…、あらゆるものがフードコーナーに並んでいます。フードコーナーは、学校の授業で習うこと以上に学習や交流ができる場になっているんです。日本の大学はまだそこまでの多様性はないですが、フードコーナーをきれいに整備したり、楽しくしたりすると、志願者が増加するという結果が得られています。
 
中村 日本の一流企業でも、以前の地下中心から展望が開けた上層階になるなど職場における食の場が変わりました。
 
細田 ロラン・バルトの本に、パリのエッフェル塔についての作家のモーパッサンの言葉が引用されています。「どこにいてもエッフェル塔が目に入ってしまう! だから俺はエッフェル塔を嫌うために、あそこのレストランへ行くんだ。そこで食事をすれば、エッフェル塔のない、パリの素晴らしい景色だけを見ることができる」とモーパッサンが言っているんですね。ですから、食というものと、眺望、あるいは雰囲気というものは深く関連しているな、と思うんです。
 
中村 その通りですね。地方に行くと海や山、湖などの自然を背景にとりいれた空間があり、またそれを求めていかれるのでしょうね。都会では上層階の眺めが良い、あるいは夜景が素晴らしいところとなります。
 
細田 だから私は、食はいろんなものとのつながりを豊かにしていくという可能性を持っているものだと思っています。
 
中村 そうです。ただ食べるだけじゃなくて、食べる行為の中で五感を通じて何かを感じるというか、そもそも食を楽しむ時間というものは人々が自分に立ち戻り、最もリラックスできるときだからこそ、そういう大切な空間がより求められるのでしょう。
 
細田 食を通して人とのつながりも生まれるし、他にも色んなつながりがあるだろうと思います。これは建築にとって非常に重要なことで、建物や空間が人を呼び込んでくるのです。
 
中村 本当にそのとおりですね。それでは続いて先生に「作法」のことについてもお話を伺いたいと思います。料理を作る作法、飲む、食べる作法などがあるわけですが、建築の作法とのつながりになにか共通するものがあるように感じられます。先生はどういう視点をお持ちでしょうか。
 
細田 料理の世界でもお茶の世界でも、舞踊の世界でも「作法」というものが常にあるわけですけれども、建築にも作法があります。なんでも勝手にやるというのは、上手くないわけです。構造だとか、ルールだとか、何か秩序みたいなものがあって、そういうものをある程度考えてやらなくては、単に複雑なものを寄せ集めただけでは、それはただのモノになってしまいます。
 
 例えば、手紙一つ書くにしても、手紙の背景を工夫して季節感を出したり、順序だてて手紙を書いたりする。これは人間の知恵が集まった一つの表現の仕方なのだと思います。そういうものが作法なのでしょう。建築にも作法、例えば日本の数寄屋造りなどにも秩序があります。やはり作法というのはどの世界にも共通するものだと思います。料理の世界でも、作法を無視して料理のことを考えるというのは、ただのモノの陳列になってしまうんじゃないかと思います。
 
中村 おっしゃる通りです。作法と申し上げましたが、基本という表現でも良いのですが、その先に感じられる文化という意味でとらえると、とても広く、深く、大きくなるわけです。そこで食と建築の文化の共通性について、いかがお考えでしょうか。
 
細田 私は、先ほどの中村さんと似たような意見になってしまうのですが、文化が成熟したときじゃないと、食も成熟しないと思っています。同じように建築も、文化が成熟したときに、豊かな建築が生まれます。例えばヨーロッパのルネサンスの時代は、文化が成熟したからこそ、さまざまな建築が実現したし、芸術も、優れたものが集まってきた。
 
 今の政治状況は、アメリカの保護主義やイギリスのEU 離脱、中国や北朝鮮などいろいろな問題を抱えています。もちろん日本も決して落ち着いた状況とは言えません。そういう状況なので、落ち着いて文化を醸成するといった雰囲気が全くない。私はこういう時には、きちっとした良い建築は育たないと思っています。やっぱり、文化を前提として社会が成り立っていないと、建築も料理も、もちろん人間そのものも育っていきません。
 
中村 それはやはり表面の見てくれではなく、内面的な熟成の元に生まれる進化というところにかかわってくるのでしょうね。
 
細田 そうです、そうです。先ほど申し上げた、衣食住の象徴性みたいなものと非常に深くかかわっているのではないかと感じています。
(Part2 につづく)

細田雅春
Masaharu Hosoda
建築家/株式会社佐藤総合計画代表取締役社長。1941年東京都生まれ。日本大学理工学部建築学科卒業 公益社団法人日本建築家協会会員 元一般社団法人日本建築学会副会長。代表作品:秋川きららホール(1989年竣工、BCS賞)、東京国際展示場「東京ビッグサイト」(1995年竣工、BCS賞)、広州市国際会議展覧中心(2002年竣工、詹天佑土木工程大奨、全中国十大建設科技成就)、神奈川県立近代美術館 葉山(2003年竣工、公共建築賞)など。著書『: 建築へ()INAX出版』、『建築へ02、『建築へ03 バリュー流動化社会』、『文脈を探る どこへ行く現代社会』、『界面をとく 現代建築のゆくえ』、『生む Re-Birth』、『棘のない薔薇』(以上日刊建設通信新聞社)

中村勝宏
Katsuhiro Nakamura
1944 年鹿児島県生まれ。高校卒業後、料理界に入る。70 年渡欧。チューリッヒの「ホテルアスコット」を皮切りに、以後14 年間にわたりフランス各地の名だたるレストランでプロの料理人として活躍する。79 年パリのレストラン「ル・ブールドネ」時代に、日本人としてはじめてミシュランの1 つ星を獲得。84 年に帰国。ホテルエドモント(現ホテルメトロポリタン エドモント)の開業とともにレストラン統括料理長となる。2003 年フランス共和国より農事功労章シュヴァリエ叙勲。08 年の北海道洞爺湖サミットでは、総料理長としてすべての料理を指揮統括する。10 年フランス共和国の農事功労章オフィシエ叙勲。13 年日本ホテル㈱取締役統括名誉総料理長に就任。15 年クルーズトレイン「TRAIN SUITE(トランスイート)四季島」の料理監修。16 年フランス共和国農事功労章の最高位「コマンドゥール」を受章。2018 年日本ホテル株式会社 特別顧問統括名誉総料理長に就任。

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