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第9 回 Part2 中村勝宏プレゼンツ  ~美味探求~  第9 回 Part2

日本ホテル株式会社 特別顧問統括名誉総料理長 中村 勝宏氏 × エディション・コウジ シモムラ  下村 浩司 氏

【月刊HOTERES 2019年05月号】
2019年05月17日(金)
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はじめに
十六名の食のエキスパートと対談をした前回に続く第二段として、新しい視野の元、敬愛する方々との対談を行なっていく本連載。第9 回の今回はレストラン エディション コウジ シモムラの下村浩司氏にご登場頂いた。

すさまじい状況での修行
ロワゾーシェフの料理哲学を理解

 
中村 下村さんはブルターニュにも行きましたね。
 
下村 はい、ヴァンヌの近くのケスタンベールっていう小さな町の2 ツ星のオーベルジュ「ル・ブルターニュ」。オーナーシェフはジョルジュ・ペノー氏。フェルナン・ポワンさんの流れをくんだクラシックな料理でありながら色合いや盛り付けが、非常に個性的でアーティスティックな料理を提供しておりました。店内の絵もすべてシェフ自らが描いたものでした。僕は、シェフパティシエで働いていたんですが、お給料もしっかりともらえたので、休日のたびに食べ歩きをしていました。オリビエ・ローランジェほか、多くのブルターニュ地方の有名レストランを食べ歩きました。
 
中村 その「オリビエ・ロランジェ」はブルターニュを代表する有名なレストランですが、当時、オリビエさんは3 ツ星もらっていたころですか?
 
下村 いえ、まだ2 ツ星でしたが、ブルターニュのトップシェフとしてすでに話題になっていました。
本店はもとより、宿泊施設に併設されているビストロ「コキアージュ」のシーフードを用いた数々の料理には衝撃を受けました。その後、現在 名古屋でオーナーシェフをしていられるグランターブル・キタムラの北村さんと知り合い、スイス・バーゼルの「スティッキ」という老舗2 ツ星レストランで共に働くことになりました、そのとき、北村シェフから3 ツ星で働くべきノウハウを伝授していただいたことが、その後の私の料理人人生の大きなターニングポイントとなりました。
北村さんのアドバイスもあり、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの「ラ・コート ドール」に出向き、初めての3ツ星での採用が決まったのが、93 年。ロワゾーさんが3 ツ星を獲ったのが91 年なので、まさに絶頂期のころでボキューズの後継者はロワゾーさんと言われていた頃です。
 
中村 「オリビエ・ロランジェ」には、帰国後なんどか行ったことがあります。あの海岸からの風景は、大好きなところです。また、その後行かれた「ラ・コートドール」のロワゾーさん自身は、熱烈なポール・ボキューズさんの信奉者なんですよ。彼はボキューズさんのことを神のごとく思っていて、その生き様にすごくあこがれていましたからね。
 
下村 そのままロワゾーさんに行くのは自信が無く、その前に、パリでより自身を鍛えてから行こうと思い、かつてのロブションのシェフだったフィリップ・グルート氏の「アンフィクレス」という、当時、開業1 年目で1 ツ星、2 年目で2 ツ星とロブション氏以来初めて3 年目で3 ツ星をとるんじゃないかと、フランスで話題だったレストランで研修を行ないました。
 
中村 なるほどなるほど、で、そこはどんなところでしたか?
 
下村 いやぁ、非常に神経質で厳格なシェフでした。客席は満席24 名ながら狭い調理場には調理スタッフが、14 人ほどいましたが、仕事が非常に細かく、仕込みが全く終わらない。連日、賄いを食べれない日が続いていたものです。
当然のごとく 毎サービス満席で皆、凄まじい緊張感の中で凄まじい状況の中で働いていました。営業中にサラマンダーの前で盛り付けていたスタッフのトックに火がついて燃えているんですが、だれもそれに気が付かないほどすさまじかったです(笑)。驚いたのは、ある土曜の夜の営業中にちょっとしたミスにより、営業後にフランス人セクションシェフ3 人のみが残され、月曜日に出勤してみるとその3 人は解雇されていて、新たなセクションシェフが3 人が入社していたことです。
しかも1 カ月間のトライアル期間は無給。まさに3 年目での3 ツ星を狙っていたので、すさまじい状況での研修となりました。
 
中村 それほどオーナーシェフのフィリップ・グルーさんには力があったということでしょう。
そういうところで、研修ができた事自体が実に尊いですね。また、彼らにはシェフ同士の強力なブレインがいて、互いに助け合っているわけで、人のやりくりもきっちりできていたということでしょうね。
 
下村 まさにそうですね。その情報に驚き、それを目の当たりにして自分もいつ飛ばされるか分からないと更に気が入りました。
 
中村 今でもそうですが、特に若手のオーナーシェフたちは、仲間のすごい絆で結ばれていますからね。
 
下村 そこからロワゾーに行ったんです。約束の前日に行って食事をし、料理が盛り付けられた皿とか、サービスの段取りなど、さまざまなものをインプットし、あくる日の営業中に自分から皿を選び、料理を盛り付けるわけですよ。
 
すると周りが驚き、一目おかれて早い段階で仲間として認めてくれ、その後の仕事がやりやすくなります。初めての3 ツ星の現場で、ロワゾーシェフが、オーダーを読むたびに「ウィ」と20 数人が、一斉に答えるわけですが、その凄まじい声量に鳥肌が立ちました。これが3 ツ星だと思い、腰を据えて働かねばと思いました。
 
中村 3 ツ星レストランには3 ツ星なりの独特な空気、雰囲気というものが感じられます。当時スタジエ(研修生)の日本人は何人くらいいました?
 
下村 日本人は私を含め7 人おりましたが、みんな僕より年上でした。シャーベットなどもオーダーが入ってから係の日本人が付きっきりで回すわけです。僕は、いきなり肉の付け合わせの中心部でガンガン働いている訳ですから、先輩方からは、お前は“ずるい”と言われていました(笑)。
 
中村 それはしょうがないね、シェフはあなたの仕事ぶりをみて、セクションにつかせているんだから。フランスでは年の差は関係なく、実力の世界です。それだけに常にそのことが、自身に問われることです。
 

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