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第二回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第二回 プロローグ(2) 

【週刊ホテルレストラン2020年11月13日号】
2020年11月15日(日)
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(前回までのあらすじ)
東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」のレストランマネージャーであった花森心平は、総支配人 財津浩二から呼び出しを受け、新たに立ち上げる経営企画室の室長への就任を命ぜられた。そこで初めて知らされたのは、ホテルオーナーが親会社の豊島興産から帝国生命に変わっていたこと、そして、その賃貸借契約期間があと2年であり、現状の業績では契約が更新されず、ホテルの存続自体が危ぶまれるというものであった。これまでホテルのいちレストランマネージャーであり、ホテルの状況を何も理解していなかった花森は、たった一人の経営企画室の室長として、財務部長の秘書を兼任する秘書の田辺ひまりとホテルの存続をかけたプロジェクトを担うこととなった。唯一の望みは、予算で割り当てられたコンサルタントの雇用費用。その望みの中で、立花の頭の中に浮かんでいたのは自身の出身校でもある立身大学の准教授 辻田健太郎であった。


---

 
「さて、”室長”。お昼にでも行きますか?」


花森が経営企画室長に就任した初日であるこの日、各支配人に挨拶まわりを済ませ、新しいデスクで身の回りのものを整理していたら、あっという間に午前中が過ぎた。田辺が気をきかせ、他の財務部の人たちと社員食堂にランチを食べに行くのを誘ってくれた。“室長”はやや冷やかし気味に聞こえたが、悪くない響きだ。

「誘ってくれてありがとう。でも、今日は別件があるんだ。バックオフィス(非接客部門のことをホテルではこう呼ぶ)の人たちはシフトがないからみんなで一緒にランチに行けるんだね。なんか新鮮だ。明日はぜひ、ご一緒させてください。」
 
地下一階のバックオフィスを後にし、花森は昨日までの職場、オールデイダイニング「ウエストゲート」に向かった。ランチタイムで混み合い始めてきた入口付近で、森本玲奈が待っていてくれた。予め、テイクアウトの特製かつサンドを頼んでおいたのだ。
 
「花森さん、珍しいですね。テイクアウト注文するなんて。これからお花見ですか?」
 
森本は相変わらずテキパキと会計を済ませ、かつサンド2人前とホットコーヒー2つが入ったホテルの紙袋を渡してくれた。
 
「そんな楽しい話じゃないよ。これから大学教授に会いに行くんだ。」

「へぇ、難しそうな話ですね。でも、せっかくですから、かつサンドを食べるときくらいはゆっくり味わってくださいね。」

「うん、そうするよ。ありがとう。」
 
ホテルから辻田健太郎准教授が勤める立身大学までは歩いて10分。経営企画室長の話が来た時に、花森が真っ先に思いついたが辻田のことだった。高名なホテルコンサルタントを雇うのはお金がかかるが、大学教授なら格安で相談に乗ってくれるのではないかという、淡い期待もあった。辻田は経営学が専門だと言っていたが、インターネットで検索したところ、なんとホテル経営学が専門と書いてあった。経歴も風変りで、以前は不動産会社に勤務し、そこからアメリカに社費留学しMBAを取得、その後その不動産会社は倒産し、紆余曲折を経て大学教員をやっているらしい。実務家あがりの先生であれば、今回の話にうってつけの人材だ。辻田は新学期でバタバタしていて2週間後なら会えると言ってきたのだが、花森はそんなに待てない、と、何とか今日のランチタイムに初回相談の時間を確保してもらったのだ。ホテルの特製かつサンド付きというところに惹かれたらしく、辻田も快諾してくれた。
立身大学の池袋キャンパスは都心にありながら、レンガ造りの建物にツタが絡まる本館を中心にいくつかの建物が立ち並び、小さいながらも趣のある造りとなっている。辻田の研究室は比較的新しい建物の9階、長い廊下のつき当りにあった。
 
「先生、本日はお時間をいただいて本当にありがとうございます。」

「よく来たね。まあ、座って。」
 
研究室はもう一人の教授との相部屋になっており、教授の書斎スペースとは別に学生面談用と思われる簡素な椅子と机が置いてある。なんだか、刑事ドラマの取調室みたいだ。花森はさっそく、その机のうえに紙袋からかつサンドを取り出し、付け合わせのフライドポテト、紙ナプキン、それにコーヒーをセットした。取調室が少し華やいだ。それと、辻田がリクエストした、ホテルの前期決算報告書のコピーも添えた。
 

 
財務部長の近藤からは「社外秘だぞ」と念を押されて入手したものだが、辻田はホテルのコンサルタントなんだから問題ないだろう。辻田がサンドイッチを食べ始めるやいなや、花森は自分の置かれた状況をかいつまんで説明した。本当は自分も一緒にかつサンドを食べたいのだが、辻田から与えられた時間は45分、できるだけ有効に使いたかった。辻田がすごい勢いでかつサンドを平らげ、コーヒーを一気飲みするころには花森の概要説明は終わっていた。デザートがわりに決算報告書を眺めながら、辻田が言った。
 
「なるほど、営業費用における固定賃料の割合が高い。減価償却費を繰り戻してみてもほとんど儲かっていない。つまり、資金繰り的にも結構厳しい状況のようだな。総売上高82億円に対して賃料は15億円、対売上高で約18%。GOP(営業利益から役員報酬、償却資産税、火災保険料、減価償却費などを除いたホテル営業粗利益)が概算で17億円だから、賃料ペイアウトレシオは88%。ほとんど、賃料を払うためにホテル経営をしているという状態だね。残りの2億円から役員報酬と内装更新投資資金を捻出してるけど、儲かってもいないのに役員報酬は定額で50百万円もらうなんて、いったいどんな役員達なの?」
 
辻田は決算報告書を見ながら電卓をたたき、財務諸表の脇に計算結果を書き込みながら上目遣いに花森に訊く。
 
「うちはオーナー企業なので、親会社・豊島興産の豊島社長だけが役員報酬をもらっています。総支配人以下は従業員兼務です。」

「豊島さん、かぁ。」

「辻田先生、社長をご存知なのですか?」

「いや、親しいわけではないんだけど、不動産会社勤務時代に何度かお会いしたことがある。豊島さん、ホテルのこと、あまりわかっていないでしょ?」

「お恥ずかしい話なのですが、私のような立場では社長にお目にかかってお話をする機会があまりなく、正直、よく存じ上げません。」

「そう。まあ、それはそれで結構。いずれ豊島社長には直接話をしなければならない局面もあるだろう。さて、花森君はこのホテルメガロポリスの収益改善と賃貸借契約更新という2つの課題を一年以内に達成しないといけない、というわけだね。」

「いえ、先生。契約更改期は再来年です。」

「花森君、通常、長期の賃貸借契約更新は契約満了日の半年から一年前には更新通知を出すことになっている。契約書をきちんと確認した方がいいよ。」

「えっ、そうなんですか。さっそくホテルに戻って確認するようにします。」

「で、そんな頼りない経営企画室長が僕をコンサルタントとして雇いたいと。」

「はい。ただ、予算があまり潤沢でなくて・・・。正直に申し上げます。当社の予算は6百万円です。これでお引き受けいただけないでしょうか?先生がお忙しければ、他にどなたかこの予算でお引き受けいただける先を紹介していただけると助かるのですが・・・」

「その質問に答える前に、もうひとつ確認しておきたいことがある。その6百万円の予算には、ホテルコンサルタント以外の専門家雇用費用、例えば、弁護士やエンジニアリング会社の雇用費用は含まれている? 賃貸借契約の交渉となれば、ある程度弁護士と協議しなければならないし、契約更改にあたっての長期更新投資計画策定には、エンジニアリング会社の支援が必要になるかもしれない。」

「えっ、あっ。そ、そうですね。そ、そういうことになりそうです。すみません、ホテルに帰って確認します。」
「花森君、本件、僕がお手伝いするかしないかに関わらず、ひとつ忠告しておこう。君は、ホテルの存亡をかけたプロジェクトのプロジェクトリーダーだ。君自身が全ての分野に精通している必要はないが、君がプロジェクトの指揮官、コントロールタワーにならないといけない。全ての分野の工程が見えてなければいけないし、時間軸の管理も必要だ。一般に、プロジェクトを管理・運営することをプロジェクトマネジメントと呼ぶ。真のマネジャーは有能なプロジェクトマネジャーでなくてはならない。プロジェクトマネジメントをきちんと行なうには、まず、次の3つを実践することが必要だ。

① 誰が何をいつまでにしなければならないかを明確にしたタイムライン、いわゆるプロジェクト管理表を作成する、

② 専門家が必要な分野をあぶり出し、その分野の専門家を予め確保しておく、そして

③ 専門家雇用費用を含め、プロジェクト遂行に必要な費用を見積り、予め予算の手当しておく。

これはどんなプロジェクトマネジメントをするときでも必要な最初のステップだ。今日の会話の中でこの3点に関するヒントがいくつも出たはずだ。プロジェクト管理表は最初から完璧なものを作る必要はない。最初はスカスカのものでいい。徐々に拡充したり修正したりしていくといい。専用ソフトウエアもあるが、今回のようなプロジェクトならエクセルファイルで十分だろう。」
 
花森は必死でメモをとりながら、考えが甘かったことを反省した。辻田を巻き込めば何とかなる、少なくとも、収益改善に関して何をどうしから良いかのヒントがもらえる、それを持ち帰ればプロジェクトが何とかスタートする、と思っていた。でも、辻田の言う通り、まずスタートラインに立つための準備が必要だ。自分はプロジェクト全体を見渡す「鳥の目」を持っていなければならない、ということのようだ。
 
「花森君、君にプロジェクトリーダーとしての責任と自覚があるのなら、僕はこのプロジェクトに協力しよう。予算も限られているようだから、例えば、月30万円の1年分、ということでどうだろう。」

「先生、ありがとうございます。是非、それでお願いします。」
 
花森は辻田の気が変わらないうちにとにかくプロジェクトに引き込むことが大事とばかり、首を大きく縦に振って答えた。他の専門家雇用費用にいくらかかるのか知らないが、まずは辻田確保だ。辻田は続ける。
 
「但し、条件がいくつかある。まず、本件に関して、僕は手を動かさない。経営指標を分析したり、収支予測を作ったり、契約書案文を作成したりするのは、あくまでも君自身だ。それと、僕が君に教えるのはあくまでもアカデミックなフレームワークであって、会社の現状を踏まえたうえでのコンサルティングやレポート作成そのものではない。社内説明のための分厚い資料を作るコンサルタントが必要であれば、他をあたった方がいい。ただ、君も気づいているだろうが、コンサルタントがどんなに分厚い資料を作ろうが、君がどんな高名なアドバイザーのセミナーに出席しようが、君自身がフレームワークを理解し解決策を実行しなければ、ホテルの収益は改善しない。それと、『おもてなし至上主義』とは決別してほしい。どんなにおもてなしが優れていても、カネにならなければそれはただのコストだ。誤解を避けるために説明すると、『おもてなし』が不要だといっているわけではない。だけど、『おもてなし』だけで差別化し客を呼べるほど甘くない、ということだ。君のスマートフォンには高品質のカメラがついているね。多くの場合、そのカメラの解像度が高いからといって、その機種を選ぶわけじゃない。だけど、ある程度の高性能のカメラは欲しい。『おもてなし』はスマホのカメラみたいなもんだ。ないと困るけど、それだけでは差別化要因になりにくい。」

「承知しました。先生、いろいろとありがとうございます。今日いただいた宿題をできるだけ早く片付けて、また近々にご連絡をさせていただきます。最後にひとつお伺いしたいのですが、うちのホテルは稼働率が85%とまずまずの業績を残していると思いますし、他のホテルだって似たような業績ではないかと思います。何故、うちのホテルだけがこのような窮地に立たされ、他のホテルは生き延びているのでしょう?」
 
辻田は少し笑い、花森の問いには直接答えず、こう言った。
 
「それと最後に、引き受ける条件をもうひとつ。僕は今日のように空き時間を使ってこのプロジェクトに参加する。君は僕の隙間時間に合わせてミーティングをセットするようにしてくれ。そして、その隙間の時間が終わったら、ミーティングも終わりだ。あとはメールでフォローアップ、ということにしよう。稼働率の件は、次回に。」
 
辻田が花森に腕時計を見せた。花森が研究室のドアをノックしてから、ちょうど45分が経過していた。目の前には、花森の分の干からびかけたホテル特製かつサンドと冷えたコーヒーが残されていた。

(次回につづく)

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