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第五回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第5回 お客様は神様とは限らない(1)

【週刊ホテルレストラン2020年12月04日号】
2020年12月17日(木)
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東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平。コンサルタントとして迎えることとなった立身大学の准教授 辻田健太郎のアドバイスもあり先行きにはわずかながら光が見えてきた。そして今回のテーマは顧客アンケートだ。
 

 
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まだ梅雨が始まったわけではなさそうだが、このところ雨の降る日が多い。雨が降るとレストラン「ウエストゲート」のウォークイン客(予約をしないで来る客)は減るのだろうか?それとも、館内の宿泊客が外に行くのが面倒になって館内で食事をすることが増えるのだろうか?今や通学路と化したホテルから大学までの道のりを傘を差しながら歩き、花森は考えている。

先月、辻田准教授からレクチャーを受けた「需要予測」の重要性というテーマは、その後いつも花森の頭の片隅に渦巻いていた。客室部では直ちに客室単価設定方法の見直し、自社サイトへの誘導策検討、レベニューマネジャーのリクルーティング、オーバーブッキングポリシーの導入可否検討(これは導入への否定的な意見が多く、まだ導入決定には至っていない)、といったサブプロジェクトが動き出した。GM主導で組織された収益改善策を議論するためのホテル活性化委員会では以前、委員会自体の活性化が必要かと思うほど、具体的な改善案の提案や活発な議論に欠けていた。ところが、花森が辻田の助言を持ち込んだところ、「それはうちじゃ無理。」「でも、これならできる。」「ここはこうした方がいい。」と良くも悪くも議論が活発になり、やがてサブプロジェクトがいくつも立ち上がった。経営企画室長として、こんなにうれしいことはない。ただ、議論が活発化したのは客室部門だけ。古巣の「ウェストゲート」を含む料飲部門は未だ不振のままで、改善策すら俎上に乗ってこない。例えば、雨の日にはウォークイン客が減少するという相関関係がはっきりすれば、雨の日限定でランチにデザートをつける、といったアイデアも考えられるのだが。あとで料飲支配人の村上修造に相談してみよう。村上は若いころイケメンバーテンダーとして雑誌に取り上げられたことがあり、ルックスだけかと思いきや数字にも強い。彼の監督下にある5つの料飲施設の売上状況はいつも彼の頭に入っている。村上は花森と同世代だが、花森は村上がホテル経営陣の中で一番経営のセンスを持っていると考えている。

辻田の研究室に着くと時間は午後0時50分。約束の時間は午後1時だが、今日は少し早めに始めて時間を長くもらおう。花森はそう思い、研究室のドアに近づいた。室内には既に来客がいるようで話し声が聞こえてくる。聞いたことがある声…、財津GMだ。慌ててドアをノックすると、辻田が返答し、入室を促される。
 
「財津さん!いらしてたんですか?」

「やあ。花森君。今日は大学総長室に恒例の営業のご挨拶に来ていてね。ここには君がいつもお世話になっている先生がいらっしゃるからダメ元で研究室に立ち寄らせてもらったところ、幸運にも在室しておられたというわけだ。」
 
辻田も続ける。
 
「花森君。財津GMは以前、銀座東洋ホテルにいらしたそうだ。僕が不動産会社にいた頃、何度かあのホテルは接待で使わせてもらった。今はなくなってしまったけれど、いいホテルだったよね。押しつけがましくないけれどさりげないサービスが素晴らしかった。GMはレストラン『レペット』のマネジャーだったそうだから、お互い気づかないうちに会っていたのかもしれない。世間は狭いね。」

「辻田先生のご経歴もユニークだね。花森君、知ってた?辻田先生にはホテル支配人の経験があるって。」

「えっ?そうなんですか?以前、不動産会社にお勤めだったとは伺っていましたが。」
 
財津と辻田の二人は目を合わせて笑った。二人はまるで百年の知己のようにすっかり打ち解けている。辻田が解説する。
 
「いや、支配人なんてとんでもない。実は昔、渋谷の円山町エリアの地上げに関わっていたことがあってね。隣地の地上げを待つ間、先に買い取ったラブホテルの経営を任されたことがある、ただそれだけだ。」

「へえ、そうなんですか。」

「でも、その経験のおかげでアメリカの大学のホテル経営学部マスタープログラムに留学できた。あそこはホテル・レストランでの業務経験が受験資格のひとつだったからね。どうせそのホテル名を書いてもアメリカ人にはよくわからないし。経歴を詐称せず、入学試験に臨めたというわけだ。」

「はぁ。そもそも、アメリカで『ラブホテル』っていう業態はあるんですか? きっと理解されないですよね。」

「それが、ホテルスクールの先生のうちの一人が知っていてね。レベニューマネジメントの最初の授業で僕は日本人留学生代表として先生に指名され、こう聞かれたんだ。”Ken, please tell me what a love hotel is.” - ラブホテルってどんなものか説明してみなさい、と。」

「授業初日に? やだなぁ。それで辻田先生はなんて答えたんですか?」

「断っておくが、何に使うか、の説明は求められていないよ。だって、レベニューマネジメントのクラスなんだから。だから、僕はIt is a hotel with 300% occupancy rate. 300%の稼働率を達成できるホテル、って答えたんだ。」
 
財津が口をはさむ。
 
「なるほど。それは素晴らしい説明ですね。普通のホテル業界で働いていると100%を超える稼働率なんて考えられないですからね。ところで、私はそろそろお暇します。花森君がいつも先生は時間厳守で1秒たりとも時間を無駄にできない、と報告してきていましてね。総支配人としては経営企画室長の足を引っ張るわけにはいきませんので。それと、大学での営業方法へのアドバイス、ありがとうございました。総長室だけではなく、各学部長にも挨拶にいかないといけない、と。ホテル利用を決めるのは学部ごと、ということですね。さすがに私が全てを回るのは難しい。あとは新任のマーケティング支配人に任せます。」

「阿部さんですね。宜しくお伝えください。」

「財津さん、ようやく新しいマーケティング支配人が着任されるんですね。空席になって2ヶ月も経つんで、心配してました。」
 
花森は、ホテルの命運があと2年で尽きるかもしれず、そんな中で新しい支配人を採用できないんじゃないかと気をもんでいた。
 
「はは、そこは君が心配するところじゃない。では、私はこれで。」
 
財津が部屋を去ったあと、花森は辻田に訊いた。
 
「ところで、辻田先生。今、阿部さん、とおっしゃいましたが、新しく着任される方、ご存知なんですか?」

「うん。君も会ったことがあるはずだよ。」

「そうなんですか?ファーストネームはなんておっしゃいます? すぐには思いつかないんですが。」

「まあ、そのうちわかるよ。それより、お昼は食べた? 僕は学食に行くつもりだったんだけど、予期せず財津GMがいらしてしまってね。今日のミーティングは学食でもいいかい?」

「私は早めのお昼を食べてきてしまいましたが、お供します。でもまだ、ラーメンくらいなら食べられます。」


 * * *  

外はまだ雨が降っていたが、辻田の研究室のある建物と例の藤棚の前に建つ由緒ありそうな学食棟は外廊下でつながっており、屋根もあるので傘を持たずに移動できた。花森が「学食」で食事するのももちろん15年振りである。学食棟の前室には食券販売機が並んでおり、辻田は迷わず「かつカレー」のボタンを押した。
 
「花森君、今日も奢ってあげるよ。何がいい?」
 
奢ってくれると言われても、あまりお腹はすいていないからガッツリ系を頼む気にはならない。花森はちょっと悩んだ末に「山菜うどん」を注文した。学食のラーメンではスープの出汁が期待できず、ラーメンにうるさい自分としてはきっとがっかりするだろうと思ったのだ。一方、花森は最近ようやく関東風の濃い醤油ベースのうどんが食べられるようになってきた。関西風の出汁のきいたスープの方が好きだけれど、こういう機会に関東風に慣れておこう、と思ったのだ。いったい何のために慣れる必要があるのか、よくわからないけれど。

カウンターで食券と引き換えに注文したメニューを受け取り、トレーを持ちながら二人は学食のホールに入る。一度に200人以上座れそうなたくさんの席が並ぶ大きなホールの天井は吹き抜けになっており、木材の梁が剥き出しで見えている。ちょうど、ハリーポッターのホグワーツ魔法学校の学食のようだ。なかなか、趣がある。ランチのピークタイムは過ぎており、席はたくさん空いていた。ちょっと社外秘の話をするかもしれないという気持ちもあり、二人はホールの隅の空いている席をとった。
 
「さて、今日のテーマは何だったっけ?」
 
辻田はかつカレーをがっつきながら訊ねる。そういえば前回もかつサンドをおいしそうにほおばっていた。辻田はとんかつ好きなのだろうか?いやいや、今日のテーマは辻田教授の嗜好ではない。変な話題は振らない方がよい。花森は前回のおさらいから始めることにした。
 
「はい。まず、先月ご相談させていただいた客室部門で抱える宿題についてですが、先月来ホテル活性化委員会内での議論が進んでいます。まだ実践されているわけではないですが、いくつかのサブプロジェクトチームが組成されプロジェクト実行準備が進められています。自分は各プロジェクトに深く関わらず、コントロールタワーに徹することにしています。いろいろとご指導ありがとうございました。さて、本日ご相談したいテーマは顧客満足度についてです。委員会でいつも問題となるのですが、定期的に集計している顧客満足度調査のスコアが上昇傾向にあるのに、それが収益向上に結びついてきません。顧客満足度を上げることは経営的にはどうでもいい、ということなのでしょうか?だとすると、顧客満足度向上を目指す我々の努力は無駄ということになります…。」

「これはまた、アバウトな質問だな。でも、『顧客満足度絶対主義』、すなわち、『お客様は神様です』の精神を疑ってみることは悪くない。多分、顧客満足度の測り方が間違っているんだと思う。まず、顧客満足度調査の方法を訊きたい。君のホテルではどうやって顧客満足度を調査している?」

「はい。方法は2つです。ひとつは客室内においてあるアンケート調査票、そしてもうひとつは、チェックアウトの時にフロントで渡すアンケート調査票。こちらは、URLが記載してあり、後日web上でも回答できるようになっています。」

「なるほど。フロントではいつも調査票を渡しているの?」

「いえ、それでは分析作業が膨大になってしまうので、新しいパッケージ商品を売り出したときとか、改装したときとか、期間限定です。客室内調査票がメインで、フロント配布は臨時対応、といったところです。」
「なるほど。調査票も見せてもらえるかな?」
「はい。これです。」

 
「ありがとう。問題がだいたいわかった。」

「えっ、もう?!」
 
気が付くと、辻田はかつカレーをきれいに食べ終えていた。花森はあわてて山菜うどんをすする。味は可もなく、不可もなく、といったところか。辻田は紙ナプキンで口の周りを拭きながら解説を始めた。
 
「じゃあ、まず、アンケートを集める方法の問題点について指摘しよう。客室のライティングデスクにおいてあるアンケート票は2つの点で、問題がある。まず、回収率が悪い。アンケート結果を分析する客室部門の担当者は少ない方が楽だろうが、それでは統計学的に意味があるサンプル数を獲得できないはずだ。そして、2番目。こちらの方が問題なんだが、アンケートに回答する人の多くは、君のホテルのサービスなり施設に絶望して不満をぶちまけるために書いているか、サービスや施設に感動してその喜びをホテルと共有したいと思って書いている可能性が高い。それらの意見も大切だが、ある意味、少数意見だ。サービスはまあまあ満足、施設に不満はないが感動もない、という客が、わざわざこのアンケート調査票に回答するだろうか?」

「回答しないでしょうね。自分も同業者ながら、ホテルに宿泊してアンケート票を記載することはほとんどありません。ですが、無関心層の意見表明なき意見ではホテル運営の改善点が見つかりません。やはり、悪いところは指摘を受けてサービス改善委員会に回し、お客様からの感謝の言葉は担当部署に回覧することでサービス向上の意欲が湧く、というものではないですか?」

「もちろん、そういう使い方をするのは構わない。特に感謝の言葉をシェアするのは従業員のモチベーション向上につながる。客のクレームの方はすべて採り上げて対応策を考えるべきかは、ちょっと注意が必要だ。同じことが別の客からも指摘を受けている場合や人命・安全性に関することであれば躊躇なくサービス改善委員会にかけるべきだろうが、その客固有のクレームの場合、もっと言うと『言いがかり』的なクレームの場合、サービス改善委員会で議論すべき話題ではないかもしれない。」

「はい。その点は担当者も心得ていると思います。話を戻しますが、意見がなさそうな客の意見を訊く意味って、何でしょうか?」

「意見がない客の意見を訊くんじゃない。わざわざライティングデスクの上に置いてあるアンケート調査票に書こうとしない客の意見を訊くんだ。彼らは意見を積極的に表明していないだけで、実は朝食のご飯の炊き方がいまいちだったとか、チェックアウトのときに並んで待たされたのにいらいらしたとか、何らかの意見を持っているものだ。声の大きい人の意見だけ聞いたのでは、優先順位をもって改善すべき点を見誤る可能性がある。」

「確かにそうですね。大きな問題となる前の客の不満を吸い上げる、っていうわけですね。」

「それもある。ただ、もっと大きな目標は、『統計学的に意味のあるアンケート集計をする』ことにある。アンケートの母集団が『非常に不満を持っている客』と『非常に満足した客』だけからなっていたら、ホテルの客全体の動向を正しく把握することにならない。また、改装後にフロントで配るアンケート調査票は、改装直後というホテルの定常時ではないタイミングでの客だけを母集団としている。更に、URLをPCやスマートフォンに打ち込むのは手間がかかるので、回収率も低いはずだ。一言でいうと、できるだけバイアスのかかっていない、すなわち偏りのない母集団から、できるだけ高い回収率を獲得する、という姿勢が、顧客満足度調査には求められるんだ。」

「先生、ご指摘の点はわかりましたが、では、他のホテルではどうやっているんですか?」

「その質問に答える前に、コーヒーが飲みたい。あいにく外は雨で傘は研究室においてきたから、図書館脇のコーヒーショップには行けない。あっちの自動販売機にホットの微糖缶コーヒーがあるから、それを買ってきてくれないか?」
 
辻田はポケットから小銭を出して花森に渡し、学食の食券販売機とは反対側のドアを指した。どうやら、あの先に飲み物の自動販売機があるらしい。缶コーヒーは奢ってくれないみたいだ。自動販売機コーナーの方に歩きながら、花森は考える。アンケート回収率を上げるには、回答者には缶コーヒーなり、缶ビールなりをあげればいいのでは? そうすると、その場で回答する人はいいが、家に帰ってから回答する人がむしろ損した気分になって回収率が落ちるかな。
 

(次号へつづく)

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