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第十一回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

HOTERES連載 もてなしだけではもう食えない 第11回 営業予算の使い方(1)

【週刊ホテルレストラン2021年01月29日号】
2021年02月28日(日)
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(前回までのあらすじ)
東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平は、コンサルタントとして迎えた立身大学の准教授 辻田健太郎のアドバイスを受けながら経営改善に取り組んでいる。今回のテーマはマーケティングの費用対効果分析だ。


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 まだ残暑が残る9月の午前10時。花森はホテル地下一階の大会議室で、月例マーケティング会議に出席していた。ホテルの地下は冷房が聞いており、窓もないことから、まったく季節感はない。会議の主催者は7月からマーケティング支配人に着任した阿部まりあ。着任挨拶のとき、花森はすぐに思い出した。去年末、花森が辻田と『ウエストゲート』で15年ぶりの再会を果たしたときに辻田が一緒にいた女性だった。

 阿部と花森は同世代だが、経歴はだいぶ異なる。阿部は4年制大学進学の時点で米国に留学し、マーケティングを学んだ。辻田いわく、修士課程で留学するより、4年制大学の学部生として留学する方がずっと大変らしい。修士課程は専門分野しか勉強しなくていいが、学部では一般教養も英語で学ぶ必要がある。特に、日本における日本史に相当する米国史は大変だ。日本だと2000年分を長く薄く勉強するが、米国史は200年分しかなく、しかも比較的最近のことなので史料も多い。相当細かい史実の勉強が必要になるらしい。なるほど、語学以外の大変さがあるんだと、花森は妙に感心した。そういえば、日本語はひらがな・カタカナ・漢字の3種類の文字を使い分けるが、そんな言語は他にないそうだ。日本に留学してくる学生にも頭が下がる。外国語ができない花森にとって、阿部はまさに別世界の人間で、文字通りまぶしく映った。彼女がスーツ姿で経営企画室に着任挨拶に来た時、地下一階のバックオフィスの照明が少し明るくなったんじゃないかと思ったほどだ。
 
「花森さん、お久しぶり。ウエストゲートでお会いした時のこと、覚えていらっしゃる?」

「もちろんです。辻田先生とご一緒でしたね。先生から伺いました。アメリカの大学の同窓だそうで。」

「そう。でも辻田先生は大先輩。しかもあっちはマスター(修士)。同窓なんて恐れ多いわ。でも、留学するときも、帰国したときも、そして今回の転職のときも、先生の好意に甘えて相談にのっていただいた。結果的に先生がアドバイザーになっているホテルで働けるなんて、光栄だわ。それより、あのときは花森さんの所作にちょっとびっくりした。だって、あんな大きな声でお客様の名前を呼ぶんだもの。もし『人目を忍ぶ』カップルだったらどうするつもりだったの?」
 
 そう言い残し、阿部はふふっと笑いながら、隣の部署、財務部の近藤の方に移り、挨拶を始めた。花森は、今更ながら自分の所作が間違っていたことに気がつき、顔が火照った。そうだ、ホテルのレストランには名前を明かされたくない客だって来る。ホテル業界で働くのが初めてと言っていた阿部にそんな指摘を受けるなんて、いや、指摘を受けるまで問題に気付かなかったなんて、まだまだ自分はダメだ。経営改善なんて偉そうなことを言っているけど、ホテルパーソンとしての基本動作をもう一度確認しなければ。「おもてなし」とは相手がうれしいと思うことをするだけじゃない、相手がしてほしくないことをさりげなく理解してあげることも大切だ。確か、週刊ホテルレストランの巻頭インタビュー記事でどこかのGMが言っていた。そのとおりだな、花森は思う。
 
 辻田によると、阿部はその英語力を生かし、アメリカの大学を卒業後は日本のアパレルメーカーに就職、海外向けマーケティングを担当していた。しかし、そのメーカーが昨年倒産し、あのとき辻田は阿部の再就職先の相談にのってあげていたのだそうだ。あの段階では辻田はこのホテルと何の関係もなかったが、阿部はホテルメガロポリスを就職先の候補のひとつに入れていたらしく、辻田の職場が近いこともあり、視察方々ウエストゲートでミーティングを持ったということらしい。
 
「…。ということで、8月のお盆の時期に掲載した池袋駅構内の『メガロポリス再発見キャンペーン』ポスターは、通行客の約72%が認知したとのアンケート調査結果が出ました。JR東日本、東京メトロ、そして東武鉄道の協力を得た今回の企画は、まずは成功裡に終了したと言えます。更に重要なことは、同時期の当ホテル来館者宛アンケートの結果、実に約79%のお客様が駅構内のポスターを認知していたと回答しており、ホテルへの集客に一定の効果があったと考えられます。」
 
 阿部の説明は流れるようで無駄がなく、一方で辻田が以前指摘していた、「原因と結果」に対する統計的な分析を行なっているようだ。花森は「やはり留学経験者は違う」、と感心した。前任の営業支配人は「先方担当者と飲みながら懐に飛び込み、仕事を取って来る」という、いわゆるコテコテの営業マンだったのと大違いだ。彼女の説明を100%理解している会議出席者がどれだけいるかわからないが、前よりはよくなりそうだとの期待感は高まる。同席した財津総支配人も腕組みしながら、うんうん、うなずいている。ただ、このホテルは営業費に年間3億円以上使っている。ホテル全体の収益力強化のためには、例え営業費であってもこの予算を見直すなり、より売上に直結するようなマーケティング活動に予算を振り向けるなり、何らかの改善をしなければならないのではないかと思う。かっこいい言葉で言うと、聖域なき改革ってやつだ。しかし、花森の営業経験といったら、駅前のティッシュ配りとか、DMの発送とか、およそ昭和の時代から行なわれてきていることばかり。まったく論理的ではない。どうやってマーケティング活動の効率性を分析すべきなのか、検討の切り口すらわからない。もしかしたら、本当に効率よくマーケティングできていて、改革など必要ないのかもしれない。ここはやはり、辻田教授に相談せねばなるまい。
 
「花森さん、p値って何ですか?」
 
 先月、経営企画室に異動してきた森本玲奈はさっそくホテル活性化委員会のメンバーになり、更に今月から月例マーケティング会議にも出席が認められた。昨年4月の新入社員としては異例の扱いである。流石に大きな会議では質問はしにくいらしく、会議が終わるや否や花森に小声で質問してきた。
 
「何? ピーチ? 桃のピーチ?」

「何言ってるんですか、ほら、ここにP=0.039って書いてあります。」
 
 確かに、配られた資料には、来館客ポスター認知度の効果測定分析のところで脚注に『有意水準を0.05とすると、P<0.05なので統計的有意が認められる』と書いてある。
 
「私、数学が苦手で、大学で統計学取らなかったんですよ。これ、統計用語ですよね?」

「森本、僕が統計学得意そうに見えるか? 見えないよね。でも、大丈夫。今日午後5時に立身大学の辻田先生のアポを取ってある。紹介するから、一緒に行こう。君もキャンパスに戻るの、懐かしいだろう?」

「私のいた観光学部は埼玉県新座市にキャンパスがあったんで、ここの池袋キャンパスはあんまり懐かしくないです。でも、キャンパスの研究室で大学教授にお会いできるのはワクワクします。私たち社会人にとって、ちょっとした非日常ですよね、キャンパスって。」
 
 そうかもしれない、と花森は考える。自分が職場として働いているこのホテルは、自分にとっては非日常どころか、日常そのものだ。午後のアイドルタイムにカフェラウンジ『丸池』でエンドレスに会話を続けるおば様方にとっても、日常の一コマだろう。でも、客によっては違う。ウエディングカップルにとっては一生に一度の非日常でなければならないし、海外から日本に遊びに来たレジャー客にとってはこのホテルは日本観光の拠点という非日常体験の要にならなければいけない。どうやったらその非日常感を売り物にし、集客を増やし、収益を上げることができるだろう。花森は考えかけて、やめた。今日はとにかく、営業費とその使い方だ。
 
*****
 
 結論から言うと、森本の久し振りのキャンパス訪問という非日常体験は延期された。昼頃、辻田から花森宛に連絡があり、辻田の急用で午後5時のミーティングがキャンセルとなってしまったのだ。その代わり、午後7時から飲みながら話そう、ということになった。飲みながらだと辻田の助言を全て理解しノートに記録しきれるか不安がないわけではなかったが、今や有能な部下もいる。二人なら聞き漏らす心配は少ないだろう。花森は2名で参加する旨伝え、「飲み会ミーティング」を応諾した。一方、辻田と時間制限なく話ができるのは願ってもない機会で、花森自身の勉強に大いに役立ちそうだ。それに、異動してきた森本を一対一で飲みに誘うのはコンプライアンス上ためらわれたが、辻田同席であれば堂々と誘えるし、飲み代も経費で落とせる。いいことづくめだ。本心かどうかはともかく、森本が「おじさんの世界」に興味を示し、二つ返事で参加してくれることになったのは言うまでもない。

 辻田が指定したお店は新宿・荒木町にあった。そこに行きつけの店があるらしい。新宿といっても、都庁のある高層ビル群のある西新宿や新宿ゴールデン街で知られる歌舞伎町からは離れており、まわりはマンションや中小オフィスビルが混在するちょっと不思議なエリアだ。元々は松平摂津守(ルビ:せっつのかみ)の屋敷跡で、戦時中の東京大空襲による被災をはさみ明治から昭和40年代まで花街として栄えたそうだ。今はところどころに石畳が残る昭和中期の風情と、入りくんだ道路にへばりつくように建っている再開発から忘れ去られた店舗達が、街に独特の雰囲気を醸し出している。森本はもちろん、花森も初めて足を踏み入れるこの「昭和レトロのテーマパーク」には、いささか緊張する。「なんだか、『千と千尋の神隠し』みたい」と森本。「車力門(しゃりきもん)通り」という、いかにも風情のある名前の通りの一番奥、道が細くなり右に折れ、石畳の坂となって少し下ったあたりに、その店「藤通」はあった。のれんに書いてあるこの店名はなんて読むのかよくわからない。一見客ではとても開ける勇気が起きそうもない引き戸を開けると、10-12人が座れるコの字型のカウンターがあり、カウンターの中には女将がいた。女将の「いらっしゃいませ」の声よりも早く、奥のカウンターの角に座っている辻田が手を振って二人を招き入れた。辻田の左隣の2席以外は既に満席。但し、席の間隔は広く、皆静かに会話と料理、そして酒を楽しんでおり、客層の品の良さがわかる。たぶん、客単価も高い、と花森は踏んだ。店の外側からはよくわからなかったが、内装は比較的新しく、でも昭和レトロの味付けを忘れていなかった。木製食器棚の天板上には真空管ラジオ風のスピーカーが置いてあり、でもそこからは昭和歌謡ではなく、オールドジャズが流れている。いい雰囲気だ。
 
「こっち、こっち。」

「先生、随分とディープな街をご存知なんですね。森本と二人でちょっとしたタイムスリップを楽しんできました。」

「うん、神楽坂は外国人にも大人気なんだけど、ここ四谷荒木町はまだ日本人が圧倒的に多いから僕はこっちの方が好きかな。ところで、今日はすまなかったね。基本的にはアポはリスケしないのが僕のモットーなんだが、ちょっと出先のクライアントミーティングでトラブルが発生してしまった。ここまでお呼び立てしてしまい、申し訳ない。ここは人気店で当日席が取れることはあまりないのだけれど、実はここも今日、急なキャンセルが出たそうだ。ホテルと違ってレストランはオーバーブッキングができない。急なキャンセルを埋められるかどうかはお店の収益性に大きな影響を与える。店としては急なキャンセルを埋める客が欲しい。馴染み客がダメ元で当日電話するのもそういう機会を狙っているからだし、実際、今日みたいにラッキーなこともある。最近では高級レストランの当日空き状況をまとめたサイトも登場してきているよね。」

「そうなんですね。改めまして、こんな素敵なお店にご案内いただき、また先生の夜のお時間まで頂戴してしまい、誠に恐縮です。」

「まあ、堅苦しい話は抜きだ。今日は『おまかせ』にしているから、メニューは女将にまかせて、今日は君のホテルの話をじっくりしよう。そちらは森本さんだね、確か本学ご出身の。」

「はい。先月経営企画室に異動してきました、森本と申します。観光学部出身なので、池袋キャンパスではなかったんですが。」

「そう。そのうち研究室に遊びに来てください。お近くですし。」
 
 辻田と森本は名刺を交換した。生湯葉刺しのお通しと瓶ビールが出され、3人は乾杯する。花森は本題に入る前に気になっていることを訊ねた。
 
「ところで先生、このお店の名前、『藤』に『通る』、って書いて、なんて読むんですか? 『ふじみち』? 『とうつう』?」
 
辻田は女将に目配せした。昭和的な割烹着がよく似合う少しふっくらした女将にとってはよくある質問のようで、さらりと説明する。
 
「『ふじつう』って読みます。この話をすると、電気メーカーの『富士通』からの脱サラですか? って言われますけど、違います。私の旧姓が藤原、ここからは見えないですけどあっちの厨房で隠れて調理をしているのが夫で大将の藤本。藤が2つで藤ツー、なんです。ダジャレですね。二人の藤に通のお客様が集まるように、という思いも込められています。」
 
 予想外の回答に花森と森本は顔を見合わせる。辻田が解説する。
 
「店の名前をどうつけるかは、マーケティング上きわめて重要だ。読みにくい名前のレストランは一見客からは予約してもらいにくい。でも、小規模な店舗でクチコミを主要な販路と考えれば、名前の由来を聞いて友達に話をしたくなるようなストーリーがあるのはプラスだ。それから、僕は好きじゃないけど、むずかしいフランス語の名前をつけるフレンチのお店もあるよね。あれは店名で客を篩(ふるい)にかける効果がある。客層も店をつくる重要なファクターだからね。もちろん、一般的には覚えやすい名前にすることは大切だ。覚えやすいことで待ち合わせがしやすい、という利点もある。例えば、そう、君のところのカフェラウンジ、丸池も覚えやすい。もちろん、その名前の由来は知っているよね?」
 
 花森と森本はまた見合ったが、どちらも正解を知らなそうだ。
 
「えっ、知らないの? 別にホテルの誰かに聞いたわけじゃないけど、たぶんこういうことだ。あのホテルがあったあたりには江戸時代に『丸池』があった。そもそも、それが池袋という地名の由来らしいよ。そういう『うんちく』が語れるストーリーはホテルのSense of Place、その場所らしさ、を表すうえでとても大事なんだ。名前の由来を質問した客にも良い印象を残す。だから、たかが店名と思わず、きちんと社員教育をしておいた方がいいよ。もっとも、それがどれだけ収益改善に貢献するかは測りにくいけど。」

「先生からうちのホテルのカフェの名前の由来を教えていただくとは、夢にも思いませんでした。」

「いや、裏をとったわけじゃないからね。誰か、ホテル開発当時のことを知っている人に訊いてみるといい。さて、確か事前のメールの質問では、今日のお題は、p値の説明と、効率的なマーケティング費の使い方とは何か、だったね。」

「はい。まず、簡単な方から。あの後、統計学の本を読んだのでなんとなくわかったのですが、p値とは『カイ二乗検定』という方法で使います。偶然にそのデータ上の差が生じたのか、対象母集団に本当にその差が生じているのかを確率で表示したもの、だそうです。p値が5%以下ということは95%以上の確率でそのデータ上の差が実際に起きている、従ってその結論は信頼していい、ということですよね。」

「そう、よくわかっているじゃない。君のホテルでは、来館客の駅構内ポスター認知度が80%くらいあったんだっけ? その認知度は統計的にみて信頼に足る、ってことだ。」

「それはわかったんですが、なぜ、有意水準のp値は5%なんですか? 例えば、5.1%だったら、まあまあ信頼できるデータってことになりませんか?」

「花森君、僕は経営学部の特任准教授だけど、統計学のプロじゃない。とりあえず、学術的に『こうだ』となっているルールには従っていればいいと思っている。何故5%を足切りラインにしているのかは知らない。でも、どこかに足切りラインは設けないといけないよね。僕が読んだ本では5%ルールは『慣例』だって書いてあった。まあ、僕みたいな統計の素人のいうことは信用するな。この質問は統計学を教えている先生に聞いてくれ。必要なら紹介するよ。何にでも疑問を持つことは大事だ。でも、学術的に確立していることにチャレンジする暇があったら、学術的に確立している手法を使ってまず、自分のホテルの経営課題をひとつでも多く見つけ出し、解決してくれ。それが今の君の仕事なはずだ。」

(次号へつづく)
 

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