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第十二回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第12回 営業予算の使い方(2)

【週刊ホテルレストラン2021年02月05日号】
2021年02月28日(日)
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(前回までのあらすじ)
東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平は、コンサルタントとして迎えた立身大学の准教授 辻田健太郎のアドバイスを受けながら経営改善に取り組んでいる。今回のテーマはマーケティングの費用対効果分析だ。

 
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ここでこれまで黙って二人の会話を聞いていた森本が質問する。

「辻田先生、私、大学で統計学を取らなかったんですけど、何か統計学の勉強をしておいた方がいいですか?」

「うん、最低限の用語とその意味は理解しておいた方がいい。僕が入門書としておもしろいと思ったのは、東大医学部卒の先生が書いた本だ。統計学は疫学と密接に絡んでいるからね。純粋な数学者が書いた本よりよっぽどおもしろい。あとはエクセルを使って統計処理をする方法を学ぶことだね。」

「森本、僕からもお願いする。客室部の藤井さんが理系の大学出身で『エクセル・クイーン』って呼ばれている。彼女に弟子入りして、自分でエクセルの統計処理ができるようになっておいてほしい。うちのホテルの経営を科学的に変えていくにはどうやら避けて通れないみたいなんだ。」

「花森さん自身はエクセル作業を避けて通ってるみたいですけど、わかりました。がんばってみます。」
話をしているうちにお任せコースのメニューは進み、鱧の吸い物がお椀で提供された。辻田は出汁をじっくり味わい、先ほど頼んだ冷酒・山名酒造の『奥丹波』のお猪口をおいしそうに飲み干した。辻田が自分と花森が兵庫出身なので灘の酒でも選ぼうかと話をしていたところ、女将が『辻田さんは確か丹波出身でしたよね。』といって、酒瓶貯蔵庫からこの珍しい銘柄を出してきてくれた。故郷のお酒が東京で飲めるとは。ただ、こういったお店では一合いくらですか?と聞かないのが流儀である。お代はどうせ会社持ちだ。

「さて、統計の話はそのくらいにしよう。で、本題のマーケティングの費用対効果分析だが、これは難しい問題だ。工場みたいに何かをインプットしたら何かがアウトプットされる、というものじゃないからね。ただ、マーケティングにもいくつか工程がある。君のホテルがその工程のどこに問題を抱えているかを知ることで、その工程に効くマーケティングプランや予算を投入することができるようになる。フェイズ分けは有用な考え方だよ。ちょっと、単純化したフローチャートを作ってみよう。」

 そういうと、辻田は鞄からノートパッドとボールペンを取り出し、何やらチャートを書き始めた。

「花森君みたいにiPadとApple Penに切り替えたいんだけど、なかなか面倒でね。このオールドファッションな方法で失礼するよ。さて、消費者の購買決定プロセスにはいくつかのブレークダウン方法があるが、オールドファッションついでに、僕が学生の頃からあるAIDMAモデルを使おう。そうだな、ホテルの中でもマーケティングコストがとてもかかるビジネス、婚礼宴会を例にとって説明しよう。ここでは、消費者=これから結婚式をあげようとしているカップル、ということになる。彼らは結婚式場を選ぶとき、まず何をする、花森君?」

「結婚式場がたくさん掲載されている結婚情報誌を買いますね。インターネット全盛期にも関わらず、紙媒体強し、ってところです。いろんな付録がついているみたいですし。他には共済組合の提携している施設一覧を見るとか、知人のクチコミとか、ですかね。」

「うん、一般的には知人経由のクチコミはマーケティング上強力なツールなんだが、こと結婚式場選びにはちょっと使いづらい。何故だかわかるかい?」

「私、わかります!」

 花森がまたも答えに窮していると、森本が授業中の生徒のようにすっと手を挙げて発言機会を求める。

「では、森本さん。」

「私が友達の結婚披露宴に出席して、例えそこがどんなに素晴らしかったとしても、自分の披露宴にはその子と同じ場所は選びません。だって、真似したって思われるのが嫌だし。それに、披露宴にご招待させていただく方もその子とダブってしまい、出席者には『また同じ場所か』と思われてしまうのも申し訳ないです。」

「その通り。だから、自分の知り合いではないルートの、例えば結婚情報誌の運営サイトにあるクチコミを利用する傾向にある。消費者がその情報誌を買えば買うほど、そこに広告価値が生まれる。だからホテルとしては、そこに高額な広告費用を払わざるを得ない、というわけだ。このマーケティングフェイズのことを『Attention、注目』と呼ぶ。このフェイズではとにかくホテルの名前を知ってもらうことが重要だ。そして、このホテルでも婚礼宴会できますよ、ってことをね。」

「なるほど、そうですね。だから購読者数が圧倒的に多い結婚情報誌に広告を掲載する、と。」

「次に、余多ある結婚式場から、きみのホテルでの披露宴の良さをわかってもらう必要がある。潜在顧客に興味をもってもらうフェイズだ。これを
『Interest、興味』と呼ぶ。」

「はい。ここは難しいですね。うちのホテルはさほど景色がいいわけではなく、野外型の独立チャペルもなく、施設面での特徴を打ち出すのが難しいです。駅からは近くて便利だし、料理はおいしいとは思うんですが。」

「そうだね。一方で、婚礼宴会客は宴会場所在地・グレード・挙式スタイルなどのクライテリア(選択基準)で検討する施設候補をある程度絞ってくる。少なくともその最初の絞り込みには残れるようなアピールが大切だ。例えば、施設はホテル内のものだけが勝負じゃない。卒業生だったら立身大学のチャペルで式を挙げて、ホテルで披露宴を開くということが可能だ。森本さんは是非、候補にいれておいてくださいね。」

「そうなんですね!ホテルの外の施設とコラボしていいのであれば、ホテルの隣の東京芸術劇場のパイプオルガンを使うプランも作れそうですね。」

「あの大きなコンサートホールを使わせてもらうには相当お金がかかりそうだけど、他にできない体験を提供する、という意味ではおもしろそうだね。いずれにせよ、差別化のためには『他人の褌で相撲を取る』姿勢で構わない。さて、ある程度興味を持ってもらえたら、花森君が言うおいしい料理を是非体験してほしいよね。そのための来館のきっかけを作るのがブライダルフェアだ。このフェアを使って、このホテルで挙式を挙げたいと思わせる『Desire、欲求』を持たせるようにしなければならない。フェアでコース料理を食べてもらうのもそのためだ。このDesireというフェイズはウエディングプランナーが対面でセールスするので、プランナーの力量も問われることになる。」

「わかります。婚礼宴会部では、来館客数減少もさることながら、来館した人が仮契約を結んでくれる、成約率っていうんですか、それがあがらなくて困っているみたいです。彼らが言うには、館内チャペルに魅力がないから、せっかく来館してもがっかりして帰っていくと。だから、チャペル改装の優先順位をあげてほしい、といつも言われます。」

「うーん。確かにハードウエアがある程度見栄えがするのは重要だ。でも、本当にそれだけが理由なのかは調べる必要がありそうだね。営業不振の言い訳がいつも正しいとは限らない。さて、次のフェイズは『Memory、記憶』だ。一般的な消費財の場合にはDesire 欲求を引き起こした後消費活動に入るまでに間があることがある。例えば、何かのきっかけでインターネットで調べて『このレストランいいな』と思っても、その時すぐ来店予約しなければ、忘れてしまう。それを記憶させて後日呼び起こすというフェイズが必要ということだ。但し、婚礼宴会ビジネスは具体的な日取りを持って式場選びをしているはずなので、このフェイズは無視していい。いい場所が見つかったらすぐ予約したいからね。最後のフェイズが『Action、行動』、実際に予約し、式を挙げ、披露宴を行なう。客がこのフェイズまできてようやくホテルはカネを稼げるというわけだ。ここで重要なのが、出席者の『良い経験』だ。それが結婚情報サイトのクチコミを通じて『Interest、興味』に影響するからね。」

 おまかせメニューは進み、焼物として但馬牛のステーキが供される。これも女将による、辻田・花森の郷土リスペクトセレクションである。森本はさっきから新しい皿が出るたびにスマートホンで写真をとり、あとでインスタグラムにアップロードすると、テンションが上がっている。但馬牛の中のエリート肉がいろいろな条件を満たしたうえで神戸牛と呼ばれ、更なるプレミアム価格で取引されるわけだが、但馬牛でも十分においしい。花森は、今度は仕事絡みじゃなくて、ちゃんと味わうために「藤通」に再訪しよう、と心に決めた。実家の両親が上京したときに連れてくるのもいいかもしれない。

「さて、マーケティングのフェイズ分けがわかったところで、このチャートのそれぞれのフェイズの面積に注目してほしい。前段のフェイズから次のフェイズに行くに従って、見込み客が脱落していく。これは致し方ない。ということは、各フェイズの担当者は与えられた見込み客の数を如何に減らさずに次のフェイズに引き継いでいくかを数値目標とすることで、一番右のカネを儲けられる『Action』までできるだけ多くの客を引き渡していくことができる。」
辻田は各フェイズの下に担当部署とその業務を簡単に書き添えた。

婚礼宴会マーケティン部フェイズ
婚礼宴会マーケティン部フェイズ

「そして、一番左のフェイズでは、如何に多くの見込み客から資料請求のリクエストをもらえるようにするか、が目標となる。よく婚礼宴会部全体で今年は120組の披露宴を獲得しましょう、的な目標設定をみるけど、それは一番右の結果しかみていない。フェイズごとにブレークダウンした数値目標を立て、どのフェイズがうまく機能していないのかを見極めるべきだ。ただ、それぞれのフェイズは独立しているわけでない。さっき説明したとおり、サービススタッフによって良い経験がもたらされなければ、クチコミを通じてネガティブな情報が伝わり資料請求数が減ってしまうし、商品設計が魅力的でなければ、仮に来館してもらっても成約率は上がらない。」

 〆は、今日は鮭とほんしめじの炊き込みご飯だ。しめじのよい香りが立ち込める。森本はスマホの手を止め、深呼吸し、香りは写真に写せませんね、と笑った。3人はしばし会話を中断し、ご飯を味わう。おかわりは如何ですか、と女将が微笑みながら尋ねるのを手で制し、辻田はこう続けた。

「そして、ここが重要なんだが、マーケティング予算は何も広告掲載費やブライダルフェアにだけ使うものではないということだ。もし、ウエディングプランナーのセールススキルが弱くて成約率が低いということであれば、外部のコーチを雇用して、スキル向上を目指すべきだ。そしてそれもマーケティング予算で賄うべきだ。阿部さんは優秀なマーケッターだと思うけど、ホテル業界で働くのは初めてだ。まだホテルのオペレーションの仕組みを十分に理解しているとは言えないだろう。特に婚礼ビジネスは極めて日本的なビジネスだ。彼女のアメリカンなスタイルになじませるには少し丁寧な説明が必要だと思う。」

「先生、阿部さんがやっていることと我々の目指す経営改善には、これまで何かギャップのようなものを感じていましたが、今日の説明ですっきりしました。せっかくの逸材を活用するには、『何をどう売っているのか』についてのプロセスきちんと理解してもらう必要がある、ということですね。」

「そうだね。それともうひとつだけ注意しておきたいことがある。さっき、来館者の駅構内ポスター認知度が高い、ということで、広告投入の価値があったと判断したと言っていたけど、本当にそうかどうかは、実はわからない。統計学的には有意なデータなんだろうけど、それだけでポスターがあったから来館者が増えて売り上げがあがった、とは言えないんだ。この分析では、因果関係として、『広告を認知したから購買に至った』のか、『購買したから広告を覚えていた』のかまでは、わからない。そもそも来館を予定していた人は君のホテルの名前を知っているだろうし、構内ポスターが目に留まりやすく、記憶もしやすい。だから、広告投入効果を結論づけるには広告掲載期間中のウォークイン客が従来より多いとか、予約の電話が増えたとか、複数の指標で判断した方がいい。」

「辻田先生、よくわかりました。特に、何故有意水準を5%とするのかという問題と、出てきた数字をどう扱うか、どういう数字を把握しながら経営をすべきか、という問題が、まったく別だということもよくわかりました。で、今日はここのお代、うちのホテルで持たせてください。財津GMからもくれぐれもよろしく、と言われていますので。」

「え、そうなの。僕の都合でミーティングをここにセットしたのに、申し訳ないな。」

「とんでもないです。こちらこそ、大人の世界に誘っていただき、ありがとうございました。」
会計を済ませ3人が店を出るとき、それまで厨房にこもっていた大柄な大将も出てきて女将と一緒に引き戸の前で見送ってくれた。しばらく車力門通りを新宿通りに向かって歩くと、森本がくるっと向きを変え、辻田と花森にお辞儀をした。

「辻田先生、花森さん、今日は誘っていただきありがとうございました。私の理解では、『おもてなし』はその土地のものでもてなすものだとばかり思っていましたが、今日みたいにアウェイの地で故郷の食材をもってもてなす、っていうこともあるんですね。」
森本が何やら総括じみたことをいう。花森もその話題を引き取る。

「そうだね。お客さんのシチュエーション次第では、王道じゃないもてなし方もいろいろありそうだ。」
3人が新宿通りまで出ると、辻田はタクシーを拾い、一足先に帰途についた。花森と森本の二人は近くの東京メトロ・四谷三丁目駅まで歩くことにした。森本が独り言のようにつぶやく。

「私、子どもの頃、両親と行ったホテルのレストランで特大オムライス、っていうのを特別に頼んでもらって、大はしゃぎしたの、今でも忘れられないんです。」

「へえ。僕もそんな思い出があるな、駆け出しのホテルマンだった頃・・・。え、君、まさかホテルビクトリアパレスでご両親と誕生日ディナーに来ていたレナちゃん!?」

 花森が新入社員として入社したホテルビクトリアパレスは都心から離れた場所にある独立系のホテルだった。そして、そこのメインダイニングで働いていた時のことを思い出した。ある日、予定よりも1時間も遅れてきた子連れのファミリーが7才のお嬢さんの誕生日会と称して来店し、花森はシェフと相談してサプライズで誕生日ケーキをふるまった。その子はすごく感激し、また来年もね、といってその小さな手で指切りした。でも、翌年以降、彼らはホテルに戻ってこなかった。あの家族にいったい何があったんだろうと、花森はしばらくの間気にしていた。

「花森さん、やっぱりそうですよね。私も自信なかったんです。あの時のおじさん?が花森さんだったってこと。私あのとき小さかったからうろ覚えなんですけど、接客係のネームプレートに書いてある漢字が、7歳の子でも読める花と森だったんです。」

 自分は彼女が小学生から社会人になるまでのこの15年間、どれほど成長してきただろうか。あの頃のように自分の職場のホテルを、今回も救うことができるだろうか。ホテルビクトリアパレスでの思い出が急に蘇り、花森の胸の内には様々な感情が湧きあがった。森本が何か続けて話をしているようだが、花森にはまるでサイレント映画を見ているようで、何も耳に入ってこなかった。
 

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