ログイン
検索
  • TOP  > 
  • 記事一覧  > 
  • HOTERES連載 もてなしだけではもう食えない 第13回 ホテルが客を動かせ(1) 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦
第十三回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第13回 ホテルが客を動かせ(1)

2021年02月28日(日)
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

(前回までのあらすじ)
東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平は、コンサルタントとして迎えた立身大学の准教授 辻田健太郎のアドバイスを受けながら経営改善に取り組んでいる。今回のテーマはマーケティングの費用対効果分析だ。
 
---

 
 10月は都心のホテルにとっては忙しい季節だ。ホテルの宴会場ではいろいろな会合が催されるし、隣の劇場では多くの公演があり、それを目当てに上京してくる観劇客だけではなく、出演する側のパフォーマーの宿泊も多い。東京在住の観劇客はプレシアターディナーを楽しんだり、観劇後の歓談のためにホテルに立ち寄ってくれたりする。近くの立身大学は授業のない土日にキャンパスを資格試験会場として貸し出しており、これも地方からの受験者の宿泊需要を生んでくれている。ホテルメガロポリス経営企画室の二人も経営課題の把握とその改善策立案・実行に奔走している。先日、花森は幼いころの森本玲奈にホテルのレストランで会っていたことに気が付いた。ただ、その後何故森本家がホテルを再訪しなかったのか、その話題を敢えて持ち出して聞き出す機会がないほど、花森の前にはこなさなければならない案件が山積している。ホテル存続判断のタイムリミットまであと半年しか残されていない。

 そんな中、相変わらず集客に苦しんでいるホテル25階のフレンチレストラン「ファイン・ワイン・ダイニング」ではディナータイム前の午後4時、料飲支配人の村上修造と花森それに森本が、作戦会議を始めていた。ホテル活性化委員会は着実に成果を上げ始め、客室稼働率が高いことが予想されている今月は過度なディスカウントに走らず、稼働率を少し抑えめにしてRevPARを上げる戦略が奏功しつつあった。まだレベニューマネジメントのシステムを導入したわけではないが、手動でもある程度の成果が得られれば、正式に導入する予定だ。オーバーブッキングの実施についてはまだ社内に賛否両論があり、意見集約に至っていない。ジリ貧だった婚礼宴会獲得件数はマーケティングフェイズごとの見込み客数を分析したところ、資料請求までは期待値に達していたが、来館者比率は低く、更に来館者の仮契約比率も低かった。少なくとも問題点は特定され、解決策が検討されている。少なくとも、ウエディングプランナー宛のセールススキル講習は実施されることになるだろう。

 翻って、料飲部門はというと、オールデイダイニング「ウエストゲート」の改装案は振り出しに戻り、ようやく今週あたりに広告代理店からの修正提案があがってくることになっている。そして、財務部長の近藤がつくったユニフォームシステムによる疑似部門別損益計算書によれば、この「ファイン・ワイン・ダイニング」は年間40百万円近い赤字を垂れ流していることになっている。ここをどうにかしなければ、賃料支払後の黒字転換は見えてこない。村上と花森は同じ世代だが、花森にとって村上は元の上司。ウエストゲート所属時にはお世話になった相手だ。花森は丁寧に現状分析を説明する。
 
「それで? このレストランをつぶせばいいの?」
 
 村上はぶっきらぼうに言う。端正な顔つきだが、怒っているのか、目つきが鋭い。花森は慌てて返答する。
 
「そんなけんか腰に言わなくてもいいじゃないですか。まずはここが年間40百万円近い赤字を出していて、その原因は運営費用というより売上不足にある、という分析結果をお伝えしただけです。もちろん、レストランを閉鎖してしまい、ここの従業員を他の部署に配置転換する、という選択肢もなくはないでしょう。ですが、このスペースを誰かに貸すにしても、恐らく飲食業になると思います。だったら、テナントに任せるんじゃなくて、自分たちで何とかしたいんです。25階で食事が楽しめる場所は池袋ではサンシャインシティ以外ありません。考えればきっと捉えるべき客層が見えてくると思います。」

「僕も料飲支配人就任時に客層の転換、いわゆるリポジショニングを考えた。以前は正統派のクラシックなフレンチだったけど、顧客の高齢化が進み、客数減少に歯止めがかからなかった。そこで、客単価を少し下げてでも若者を取り込むべく、このファイン・ワイン・ダイニングのカジュアルなコンセプトに行きついたんだ。でも、客数は思ったより増えてきていない。やっぱりフレンチは敷居が高いのかな。少しカジュアルにしたとはいえディナーの客単価は10,000円、高いよね。池袋の客層と合っていないのかもしれない。」

「で、ご相談なんですが、このレストランの一角を夕方4時から6時までと、朝7時から10時まで、貸していただけませんか?」

「貸すって、誰に?予約したい日はいつ?」

「貸す先は客室部、予約日はずっと、です。」

「はぁ?どういう意味?」

「ご存知のようにうちのホテルにはクラブラウンジというコンセプトがなく、VIPの宿泊客も一様にオールデイダイニングの『ウエストゲート』か、和食『武蔵野』で朝食を摂られます。で、客室単価向上のためにはクラブフロアをつくり、そのフロアのゲストには専用ラウンジで朝食を提供したい、というアイデアが出ています。でも、残念ながら今うちのホテルには一からクラブラウンジを作る改装工事を行なう時間も予算もありません。で、考えたんです。恒久的なクラブラウンジは作れないけど、時間貸し対応でやってみてはどうか、と。クラブラウンジに期待されるのは朝食提供とイブニングカクテル提供がメインです。だったら、どうせ『ファイン・ワイン・ダイニング』が空いている時間だし、使わせてもらえないか、と言うわけです。最近のラウンジはホットフードを出すことが期待されていて、ここの厨房が使えるのもプラスです。もちろん、クラブラウンジとしてはアイドルタイムの軽食提供や夜のカクテルアワーなんかもあった方がいいんですが、割り切りの問題です。他のホテルよりもクラブフロア料金のプレミアム価格を安く抑えれば文句はないでしょう。」

「なるほど。それは面白い考えだね。クラブラウンジにするにはコンシェルジェデスクを設けないといけないが、このレストランはなにしろ有り余るスペースがある。クラブラウンジコーナーとダイニングコーナーに分けて、クラブラウンジコーナーはクラブラウンジとして使っていないときにはレストランのバーコーナーとして使うといいかもしれない。おもしろいね、そのアイデア。花森が考えたの?」

「はい。でもヒントはうちのホテルのアドバイザーをやっている立身大学の辻田教授にいただきました。何事もブレークダウンして考えろ、と。で、レストランごとの営業時間帯のブレークダウンをしたら、クラブラウンジのコアになる営業時間とこのレストランの閉鎖されている時間帯のマッチング案が浮かんできたというわけです。それと、ここにいる森本からもヒントをもらいました。」

「え、私、何か花森さんに言いましたっけ?」

「うん。『25階からの眺めは良いのかもしれないけど、超高層ってわけでもないし、行ってみるまで何が見えるかよくわからない。わざわざ高層階のレストランにエレベーターで上がっていくの、面倒くさくないですか?』って言ってた。」

「え、そんな失礼なこと、私、言いました?」
 
 森本は村上の顔色をうかがう。意外なことに、村上の表情は穏やかになっていた。穏やか、というより、興味をたたえた顔つきになってきている。行き詰まっていたこのレストランの改革案が思わぬ形で方向性を持ち、動き始めたからだ。村上自身、このレストランが儲かっていないことは理解しているし、何とかしたいと思っている。また、料理人出身ではないので、レストランの伝統がどうとか、こんな味を承継しなければいけないとか、そんなプライドも特にない。ただ、自分の管理領域をうまく管理できていない自分がふがいないと思うし、できれば他部門のマネジャーの力を借りずに改革をしたいと思っていた。でも、花森はある意味どの部門にも属さず、ホテル全体を見て改革案を提案してきている。この考え方は新しい、と思った。
 
「わかったよ。宿泊客なら館内エレベーターに乗るの、面倒だと思わないもんな。こっちから客を動かす、というわけだ。ここからの朝の眺めはいいだろうな。考えてみると、もったいないよね、誰もその景色を見ていないなんて。問題は夕方だ。午後6時までクラブラウンジに貸してしまうとプレシアターディナーが出せなくなる問題があるが、レイアウトを二分割すれば対応できるだろう。プレシアターの席数はそれほど多くはいらないし。だけど、必要な改装費はそっちで持てよ。ただでさえ赤字のレストランにこれ以上の負担を強いるわけにはいかない。」

「はい。改装費についてはGMに相談中です。今年宴会場のカーペット張り替え用にとってあった予算を振り向けられないかと…。宴会部はもちろん怒ってますが、ホテル全体の収支を考えると、このレストランの改革に優先順位があるので、なんとかなると思います。」

「そうか。ありがとう。それで、さっきの森本の発言なんだけど…。」

「え、すみません。エレベーターに乗るのなんて、そんな面倒じゃないですよね。」

「そうじゃない。このホテルは確かにエレベーターに乗ってこないと来られない。しかも、高層階に上がるエレベーターホールはエントランスから遠い館内中央にある。宿泊客のプライバシーを考えれば、そのロケーションは当然なんだけど、見つけにくいよね。だからウォークイン客がほとんどいないんだ。これは相当なハンディキャップだ。もちろん、ウォークイン客には高単価メニューは期待していないけど、ボリュームを稼ぐには新規客を取り込みたい。常連客は意外といい眺めで穴場だといってくれるんだから、売り物にはなるはずだ。」


 
「地上からウォークイン客をこの階まで吸い上げるには、どんな景色が見えるのかをきちんと事前に伝えないといけないですね。でも、村上さん、ファイン・ワインのホームページでは、料理長のコメントとして、コンセプトがモダンフレンチに一新されたこと、フードクオリティは従来同様高いこと、ワインが気兼ねなく楽しめること、が掲載されているけど、眺望については触れていないし、窓からの眺めの写真は掲載されていないようです。それと、店舗紹介文で少しだけ触れている西側の富士山ビューですが、日没後のディナーの時間には見えません。」

「なるほど。客目線で知りたいことが書かれていない、ということだな。何がアピールポイントになるかをまとめるよ。ホームページ制作はアベマリア様のところにお願いしなきゃな。」
 
 新マーケティング支配人の阿部は社内でマリア様と呼ばれている。いかにも「できる女」風なスーツ姿や振舞い、アメリカ仕込みのスキルや語学力などから、ホテルスタッフは彼女に少し近寄りがたい雰囲気を感じ、それがこのあだ名になったようだ。もっとも、まりあは阿部のファーストネームだから、あだ名ではなくて、本名なのだが。

 ファイン・ワイン・ダイニングの二毛作提案が奏功し、村上の協力も取り付けられることになった。花森と森本はミーティングを終え、意気揚々とエレベーターホールに向かおうと歩き出した。しかし、森本が突然立ち止まり、こんなことを言い出した。
 
「あの、村上さん。このレストランのターゲット客は若手だって言っておられましたが、具体的にはどんな方々なんですか?立身大学の学生とか来ます?」

「森本、学生には無理だ。ディナーの客単価10,000円だぞ。」
 
 花森は話を早く終わらせようとツッコミを入れる。これから、辻田のところに会いにいくアポがある。それまでに今日の話を整理しておきたい。だが、村上は話を引き取り、丁寧に答え始めた。
 
「立身大学かどうかわからないが、学生と思われる客もたまにはいる。そりゃ、デートだとか、奮発する女子会とか、ファインダイニング需要は少しはあるよね。それと、客単価10,000円って言っても、実は5,500円のコースにワンドリンクをつけて出来上がり8,000円代になる層と、コースが10,000円でワインを堪能する、出来上がり15,000円代の層の2つに分かれている状態だ。8,000円くらいだと学生の守備範囲に入って来るかな?」

「村上さん、その下の方の層、もっと安くなりませんか? どうせすいているんだし。実は、大学生のニーズも様々で、もちろん普段は如何に安くお腹いっぱいになって安く酔えるか、が大事なんでしょうけど、ゼミの後に例えば10人プラス指導教官で飲みながら話そうということになると、意外と入れる場所が限られます。新しくできるクラブラウンジコーナーを、そういう需要に貸してもらえないですかね。居酒屋のようなうるさい場所じゃなくて、大人数がひとまとまりで話せるスペースが大事なんです。食事は豪華なものは要りません。でも、ちょっと気が利いたメニューだとか、安いけどおいしいワインが飲めるとかがあると、街場のお店と差別化できます。そういう学生グループはもともとあまり大騒ぎしないでしょうけど、レイアウトをきちんと分けることで、落ち着いた雰囲気を求めるファインダイニング客にも悪影響を与えないかと。そもそも、この西側の眺望、立身大学池袋キャンパスが一望できるから、立身生や大学の先生にも受けると思うなぁ。」

「もう、そうなってくると、もはや『ファイン・ワイン・ダイニング』の一部を時間貸しするんじゃなくて、ファインダイニングとラウンジスペースの2分割にする、ってことだな。でも、重要なのは一席当りの売上を増やすこと。正直言って、正統派フレンチレストランだけでこの席数を埋めるのは無理だ。そのアイデア、検討させてもらうよ。でもひとつ質問いいか? そういう学生の需要って、事前の予約より、当日の雰囲気で生まれないか? そうすると予約なしで来店されることになる。場合によっては、ラウンジが満席ということもありえる。高層階まで来て満席、は辛いよね? それと、団体だと割り勘精算が面倒だ。」

「そうですね。でも、アフターゼミパックみたいなものをつくって切りのいい価格設定を行ない、ラウンジコーナーもしくは個室の場所も事前指定できるようにオンライン予約を導入すればいいと思います。オンラインの当日直前予約は全然無駄じゃありませんし、スマホでできれば面倒でもありません。来店する方としても満席で無駄足ということにならないし、例えばラウンジ個室Aの使い勝手がいいと思えば、個室A確保のために早めの予約をしてくれるようになるかもしれません。確かに客単価は稼げませんが、頭数(あたまかず)は稼げます。何より、このホテルに足を踏み入れたことが一度もない立身大学の学生は多いはずです。将来の顧客を開拓する意味でも、『大騒ぎしない』学生を取り込む努力はあってしかるべきかと。」

「そうか。カラオケ屋と同じ要領だな。リードタイムの短い予約で部屋を売り、それにドリンクやフードの売上がついてくる、ということか。」

「村上さん、その発想、いいです。真面目なゼミだったら、PC持参でスクリーン投影ができる施設が欲しいって言うかも。カラオケボックスが昼間そういうビジネス需要を取り込んで稼いでいるわけですから、ここのラウンジ個室にもそういうAV機器があるといいです!」
 
 話が大画面ディスプレイの話に及び、花森はまたブレーキをかける。
 
「森本、これ以上設備投資の話を大きくするなよ。ただでさえ今回の改装予算確保が難しい状況だ。」

「花森。心配するな、僕もさすがにこのレストランをすぐカラオケ屋にするほどの度胸はない。ステップ・バイ・ステップで進めていくよ。」
 
村上は笑った。少なくとも村上はこの計画案に乗ってくれる。今日の一歩は大きい、と花森は思った。
 

(次号につづく)

週刊ホテルレストラン最新号
2021年04月09日号
2021年04月09日号
本体1,650円(税込)
【特集】完全施行まであとわずかHACCP制度化が意味する重要性
【トップインタビュー】
ヨコハマグランド インターコンチネンタル ホテル 執行役員/…

■業界人必読ニュース

■アクセスランキング

  • 昨日
  • 1週間
  • 1ヶ月
CLOSE