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第十四回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第14回 ホテルが客を動かせ(2)

【週刊ホテルレストラン2021年02月19日号】
2021年02月28日(日)
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(前回までのあらすじ)
東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平は、コンサルタントとして迎えた立身大学の准教授 辻田健太郎のアドバイスを受けながら経営改善に取り組んでいる。今回のテーマはキャパシティマネジメントだ。
 
---

 
 その一時間後、花森と森本は辻田准教授の研究室にいた。森本が気を利かせて、ウエストゲートの外販カウンターで売っているフィナンシェの小箱と、人数分のホットコーヒーを持参してきた。
 
「森本さんは気が利くね。さすがホテルウーマンだ。」
 
 辻田は上機嫌だ。花森がすねる。
 
「先生、これまで気が利かなくてすみませんでした。私もホテルマンなんですけど。」

「冗談、冗談。さて、今日のテーマは、ああ、これまでの状況報告と、朝食時間帯の着席待ち問題、だったね? 話題が個別具体的に細かくなってきた。いろいろな経営課題が具体的にわかってきているということで、いい傾向だね。」

「はい。しかも、朝食の待ち時間問題は、実は客室部門業績の好転も影響しています。ちょっとおさらいしますと、うちのホテルの客室数は816。一室当り平均宿泊者人数、いわゆる同伴係数は1.3。従って、最大約1,000名の方が宿泊されます。一方、オールデイダイニング『ウエストゲート』の席数は260。これに和食の『武蔵野』160席の、計420席で朝食に対応しています。宿泊客の朝食喫食率はだいたい37-38%くらいで推移していたので、これまでは朝食時間に席を取るための列ができることはまずありませんでした。」

「最大400名くらいの客が朝食をとるわけか。すごい量だ。二人掛けのテーブルに一人で座ったり、4人掛けテーブルに二人で座ることも多いから、420席のキャパシティとはいえ、ピーク時には1.5回転以上必要になるね。」

「はい。それでも、1.5回転程度であればストレスはありません。ところが、最近、いくつかのKPI(経営指標)に変化が現れました。ひとつは、朝食喫食率の上昇です。客室単価を高く維持するレートポリシーが浸透してきて逆に客室稼働率は若干の低下傾向にあります。ですが、客室単価が高い客は喫食率も高いようで、おかげさまで宿泊客の朝食利用率は増加傾向にあります。それと、国内レジャー客の比率が増えているようで、彼らは一室2名利用が多く、その分、朝食喫食需要が増えているんです。そしてもうひとつ、ウエストゲートでは朝食のウォークイン客を増やそうと近隣ビジネスマンを対象にした『パワーブレックファスト』という企画を始めました。目玉は、好きな野菜・果物をミックスしたジュースやスムージーを出すミキサーバー。たまたま伝手(ルビ:つて)があって、池袋出身の歌手・山下達郎さんのご協力をいただき、彼の美声を支える『TATSUROミックス』をシグニチャーに添えました。そうしたところ、偶然にも近隣在住の健康志向が強い富裕層にその企画が刺さり、わざわざ朝食を食べにいらっしゃる方が増えました。」

「なんだ、いいことづくめじゃないか。花森君、今日は自慢しに来たのか?」
 
 辻田は森本持参のフィナンシェを食べながら、のんびりコーヒーを飲んでいる。
 
「そうじゃないんです。確かに朝食需要が増えたのはありがたいのですが、結果として宿泊客が食べたい時間に朝食を食べる、ということが難しくなってきています。特に平日はビジネス客が多く、彼らは朝食を摂るために列に並ぶなどとんでもない、と考えます。結果、朝食待ち時間のクレームが増えてきているというわけです。」

「多くのホテルはそういうとき、オールデイダイニングの脇にあるカフェラウンジを開放してオールデイダイニングのアネックスとして使うんだけど、君のところはカフェラウンジが隣り合っていなかったね。なるほど、これは問題だ。」

「はい。もうひとつ厨房を持っている中華レストラン新華楼があるにはありますが、朝食時間にもう一つのレストランを開けるために従業員のシフトを組むと結構なコストがかかりますし、中華の朝食ニーズがそんなにたくさんあるか、よくわかりません。我々は中華を朝食対応に使うのはコスト倒れになると考えています。」

「そうか。ひとつ確認だけど、大きな団体が入っている場合には宴会場のひとつをその団体専用の朝食会場にする手がある。でも、そんな団体がしょっちゅう入っているわけではない、ということかな?」

「その通りです。それと、先般ご報告したとおり、25階のフレンチレストランの一部をクラブラウンジ化する計画があり、それが実行されればVIP客の朝食需要がラウンジに流れるのでこの問題の解決に寄与するのは間違いありません。でも、計画実行にはまだ時間がかかります。それを待っていては顧客満足度が低下し、彼らの再訪・クチコミ推薦意欲が下がり、ひいてはホテルの収益が下がる可能性があります。」

「ほう。以前教えた、『サービス・プロフィットチェーン』の考え方が良く身に付いている。」

「当然ですよ。先生には高い授業料お支払いしていますから!きちんと復習しないと。」

「授業料が高いかどうかはさておき、状況は了解した。説明を続けてくれ。」

「はい。もちろん、宿泊客を優先させるためにウォークイン客の数を絞る方法もあります。ですが、せっかく開拓できた近隣客をみすみす失うのはもったいない、という意見もあり、意見が集約できていません。」

「なるほど。レストラン客が増えて問題が起きるとは、ちょっと前のホテルメガロポリスでは考えられなかったことだね。」

「はい、おかげさまで。ただ、このキャパシティ問題が起きているのは、残念ながら朝食の時間帯だけで、あとはまだ集客に苦労しています。」

「まあ、ビジネスって、だいたいそんなもんだよ。全てがうまくいくってことはない。さて、朝食待ち時間問題解決には3つのアプローチがある。1つめはキャパシティそのものを増やすこと。供給サイドをいじるということだね。でもこれは、今君が議論したとおり、現段階ではよい選択肢ではなさそうだ。いずれクラブラウンジができれば解決できるのに朝食用の座席数を増やす投資判断はしにくい。2つめは、回転率をあげること。レジャー客はゆっくり朝食を楽しみたいだろうし、ビジネス客はさっさと食べて仕事に出たい。この2つのニーズが混ざっているからオペレーションが難しくなる。例えば、着席後40分で席を立つことを条件に順番待ちの列をスキップして入店できるコーナーを設けて、そこにビジネス客を入れるというアイデアはどうだろう。そのコーナーの回転は速く、レジャー客はそんなに急ぎたくないからそちらの列には並ばない。」
 
 森本がここで、口をはさむ。
 
「先生、それはアメリカのスーパーにあるExpress Laneと同じ発想ですね。この前テレビのドキュメンタリーでやっていました。購入品目数が5点までの買い物客専用のレジがあり、そこはちょっとした買い物をする人が並び、その列はどんどん客がはけていきました。一方、1週間分の買い物をまとめてする人たちは別の長い列に並び、レジの順番が来るのを辛抱強く待っていました。」

「そう。客がそのシステムに慣れて理解する必要があるところが導入上の問題点だ。」

「先生、問題はそれだけじゃないです。わたし、経営企画室に異動する前はウエストゲートの朝食のシフトにも入ってましたが、あそこは戦場です。40分をどうやって測るんでしょう?タイマーをテーブルにおいたらタイマーの時間に細工する人がでるとか、時間が来ても『ビュッフェの空になった皿のリフィルを待っていて時間はカウントされるべきではない』と主張して居座る人がでるとか、いろんな人がいろんなクレームを言う可能性があります。その対応に追われて席の案内や下膳が追い付かなくなることになったら本末転倒です。」

「なるほど。現場で働いたことがある人の意見には説得力があるね。とすると、この選択肢も取れない、と。では、3つめの選択肢しか残らない。3つめの選択肢は『客にピーク時利用を避けてもらう』というものだ。需要サイドをいじるしかない。」
 
 花森も、森本も、辻田の意外な答えにあっけにとられる。花森が抗議する。
 
「先生、客がピーク時に集中して来店してクレームしてるんですよ。そこでがまんしてピークを避けていらしてください、と言っても解決策になりませんよ。」

「花森君、僕はそんなことは言っていない。客がピーク時に来店しないように『仕向ける』んだ。方法はいくつかある。ひとつめは、王道だが、チェックインのときにウエストゲートの朝食混雑時間帯をあらかじめ伝えておくこと。人は予期せず列に並ばされると頭にくるが、予め列があるとわかっているとそうでもない。人気のラーメン屋で待っている人がそうだね。むしろ、1時間も待ったのに『今日は意外と早かったね』なんて感想を持ったりする。僕にはまったく理解できないことだけど。それから、洋食でも和食でもいいと考えている客は、比較的すいている和食を選択してくれるかもしれない。和食はウォークイン客が入りやすい1階ではないしTATSUROミックスも提供していないから、今でもそれほど混んでいないね?」
 
 森本が「そうです」と肯定しながら、こう付け加えた。
 
「昔見たキャビンアテンダントの映画でこんなのがありました。新米CAが機内食を配るのにビーフとシーフードを均等に配れず、列の後ろの方に着くころにはビーフが足りなくなった。そこでベテランCAは搭乗客にこう言って回ったの。『旬の具材をふんだんに使った薫り高いシーフードと、ただのビーフ、どちらになさいますか?』って。そうしたら皆さんシーフードを選ぶようになった、というわけ。宿泊客を和食に誘導するために、メニューをきちんとフロントで伝える、というアイデアもありますね。」

「うん、いい考え方だ。僕がこれまで助言してきたホテルで、ダメなホテルには共通の問題点がある。他社でうまくいった改善策、いわゆるベストプラクティスに飛びつき、それ以上考えようとせず、問題の本質を理解しようとしない。そういうホテルはコンサルタントが去ってしまうとまたいずれダメな経営に陥る。それに対して、君たちは問題を理詰めで考え、改善策を自分のホテルに適用するための努力を怠らない。とてもいい傾向だと思う。」
 
 花森も、森本も、ほめられて悪い気はしない。確かに昔の花森だったら、セミナーで講師が説明する『正解』だけをメモしていた。でもそれでは自分のホテルの状況にあった応用をすることが難しい。逆に自分のホテルに合わない事例紹介はメモすら取らなかった。問題の本質を理詰めで分解する意義がわかってきたような気がする。
 
「さて、需要コントロールの解決策2つめは、客にピーク時間利用回避のインセンティブをつけてあげること。例えば、近隣のウォークイン富裕層対策としては、午前9時以降にはメニューにキヌアとかアサイーとか、僕はよく知らないけど少し高い健康食材がプラスされて提供されることを訴える。そうすることで、ピークの時間を避けて来店してもらえる。彼らはビジネスマン客と違って、急いで朝食を食べる必要がないからね。あと、ビジネス客には先着100名様には『ホットコーヒーテイクアウト』をプレゼントとかいって、早く起きて朝食を済ませるインセンティブをつけるとか。要は、顧客が自分のメリットになると判断して、結果的にピーク時利用をしなくなる方法を考え、それを周知する、というアイデアだ。」

「なるほど。ホテル側が客の行動をコントロールする、ってことですね。おもしろい考えです。」

「花森君、そのとおり。お客さまは神様であり、何でも神様の言う通り、という考えは古い。できるだけ、ホテルの意向に沿ってお客さまに動いてもらうように仕向ける、でもお客さまにとってはそれが自分の不利益にならない、という環境を作り出すことだ。」
 
 森本は、フィナンシェとコーヒーのお土産を持参することで辻田が饒舌(ルビ:じょうぜつ)に経営改善アイデアを説明してくれているのもホテルによる顧客コントロールに似ているなと思ったが、口にせず、一人ほくそ笑んだ。
 
「そして、3つめ。朝食付き宿泊プランを選択したけれど、フルブレックファストはいらないという客も中にはいる。その人たちがコンチネンタルを食べるためだけに来店されるのもできるだけ避けたい。これも事前告知が必要だが、レストランの入り口に『Grab & Go(グラブ・アンド・ゴー)』という簡単なテイクアウトセットを用意しておく方法だ。アメリカのビジネスパーソン用ホテルでは定番だ。パン、コーヒー、それにちょっとしたフルーツくらいを紙袋に詰めて自分の部屋に持ち帰って食べてもいいし、公園に持ち出して食べてもいい。ミールクーポンと交換だ。要は混雑するレストランの店内に座らせなければいい。」

「そのGrab & Goは、お客さまが損した気分にならないですか?」

「損した気分にさせないようにテイクアウトメニューをどの程度充実させるか、は確かに難しい匙加減ではある。でも、部屋でテレビやパソコンを見ながら朝食を食べたいという需要はないわけじゃないし、そこに価値を見出す客もいる。トライして需要がないなら仕方ないが、ホテルとして追加コストがあまりかからないのであれば、試してみる価値はある。」

「よくわかりました。先生、今日の話題、『ホテルが客を動かす』っていう視点はこれまであまり目にしたことがなかったんですが、なんか面白そうなテーマです。」

「うん。人の心理を利用して人の行動を動かして経営に生かすという考え方はアカデミックな観点では比較的新しい研究領域だ。2017年のノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学リチャード・セイラー教授の専門、行動経済学が脚光を浴びたのは記憶に新しい。例えば、ラーメン屋の行列を見ると人はそこのラーメンがおいしいと判断しがちだが、その理由はラーメンの味ではなく、近隣のオフィスのランチタイムが社員一律正午からの一時間だとすると、その一時間だけ一時的に需要が溢れているだけかもしれないし、近くに他のラーメン屋がないという供給側の理由かもしれない。でも、論理的に間違っていることであっても、客が、行列=おいしい、という数式をもっているのなら、それを使って商売ができる。アルバイトに客の振りをして行列に並ばせる、いわゆる『さくら』という方法だ。行動経済学が活用できるレストランビジネスシーンは他にもある。うなぎ屋で松・竹・梅のメニューがあると真ん中の『竹』が売れやすいと言われている。『松』は高過ぎるけど、最低ランクの『梅』だとウナギの量が少なくてがっかりするかもしれない、といった心理が働くんだろう。だとすれば、レストランで売りたいコースメニューの一つ下のコースを敢えて作ることで、売りたいコースの販売を増やすことができるかもしれない。行動経済学はこういった、『人は必ずしも合理的には行動しない』という概念から発展してきている。花森君が落第点をとりかけた一連の古典経済学では人は合理的に行動するから『神の見えざる手』がうまく働くとされてきたけど、現実はそうじゃないというわけだ。」

「先生、なんだか大学で講義を受けているようで、楽しいです。いや、東西大学の大教室での授業ははっきり言って退屈でしたが、これは面白いし、ビジネスにも役立ちそうです。行動経済学、もう少し教えていただけますか?」

「だめだ。第一に、君との契約には『講義』は提供サービスとして含まれていない。第二に、君は本学の学生ではない。もちろん、本学に入学したら、学習のお手伝いをしてあげよう。第三に、そしてこれが重要だが、僕は行動経済学の専門家ではなく、人に教えるほどの体系的知識を持ち合わせていない。でも、本屋で入門書をいくつか見てみるといい。たくさんの参考書が出ているよ。」
 
 花森は少し調子に乗り過ぎたな、と反省した。でも、ホテルに帰る前に本屋でいくつか立ち読みしてみよう。ホテルは客商売だ、いろんなヒントがみつかりそうだ。
 
「さて、今日のミーティングはここまでかな。今日はフィナンシェとコーヒーをごちそうになったから、いつもより少し広範囲に、相談されていないことまで話をしてしまった。でもね、少し広めのサービスを提供することで相手の信頼を勝ち取り、次のビジネスにつなげるのも大事なことだよ。」
 
 辻田はそう言って笑った。森本は、自分がフィナンシェで辻田をコントロールしていたわけではないことに気づき、苦笑した。
 

(次号につづく)

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