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第十五回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第15回 リスクを知らないリスク(1)

【週刊ホテルレストラン2021年02月26日号】
2021年03月08日(月)
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(前回までのあらすじ)
東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平は、コンサルタントとして迎えた立身大学の准教授 辻田健太郎のアドバイスを受けながら経営改善に取り組んでいる。今回のテーマはキャパシティマネジメントだ。
 

---
 
その日、土曜日の午前中だと言うのに、ホテルメガロポリス総支配人財津浩二は社長の豊島吾郎に呼び出されていた。場所は東京・神宮外苑のゴルフ練習場。来週には銀杏並木の紅葉を楽しむお祭り、『いちょう祭り』が始まることになっており多くの人出が予想されている。だが今週はまだ嵐の前の静けさで、午前中ということもあって人通りは少なく、のどかな光景だ。たかが植物の葉、しかも人工的に植えた樹木の葉の色が変わるだけでお祭りをするなんて、日本は平和だな、と財津は思う。前日の午後6時、帰宅準備中の財津の携帯電話にかかってきた豊島からの電話を取ったのが運の尽きだった。何やら、ホテル不動産のオーナー・帝国生命から何かの報告書を出せと言われたらしく、とにかく至急総支配人に相談したい、とのことで、ここにいる次第だ。帝国生命との交渉に関わる話であれば花森にも参加してもらわなければなるまい。財津がそう考え、急ぎ花森の内線電話を呼び出したところ、花森も運悪くまだオフィスに残っていた。花森から落胆の声が漏れたのはいうまでもない。二人は豊島の打ちっぱなしが終わる予定の午前10時少し前に、練習場に併設されるカフェレストラン『Green & Fresh』で待ち合わせた。店内はガラガラで、奥の方で年配の男性が熱心にスポーツ新聞を読んでいる以外、誰も客がいない。秘密の打ち合わせにはもってこいの場所だな、と財津。二人とも特においしくもないコーヒーをオーダーし、豊島の到着を待つ間、雑談を始めた。
 
「花森君、すまなかったね。今日は予定なかったの?」

「いえ、今朝はうちと同じ規模の部屋数を抱えているバリトンホテル東京の朝食のオペレーションを視察しに行く予定でしたので、まあ仕事みたいなもんでしたから、構いません。財津さんこそ、ご予定はなかったんですか?」

「うん。今日の午後、立身大学の観光研究所が主催しているホスピタリティマネジメント講座でゲストスピーカーとして話をしなければならない。結局、休みの日も池袋に出向く予定だった、っていうわけさ。」

「そうですか、お疲れ様です。以前はレストランのシフトで土日に働くのは普通だったんですけど、バックオフィスでの業務に慣れると、何か土日に働くのがいやになりますね。」

「残念ながら、ホテルの仕事に土日はない。それはフロントでもバックでも、だ。」

「あ、土日がない人、もう一人到着しましたね。」
 
『Green & Fresh』の入り口に、辻田の顔が見えた。ホテルの二人はカジュアルな服装だが、辻田はスーツ姿だ。昨晩、花森が財津に豊島社長とのミーティング参加を打診されたとき、財津は辻田も声をかけられないか、と花森に訊いた。流石に午後6時の電話で翌日午前10時、それも土曜日のアポをとるのは、花森でも気が引けた。しかし、財津は、帝国生命との契約交渉には辻田の力が必要だと考えており、また豊島と辻田とを引き合わせるのにいい機会だと譲らず、結局財津が辻田に電話をして出馬を要請した。辻田はこの日の午後どこかのセミナーで話をするらしく、外出ついでだからいいですよ、とミーティング参加を快諾してくれていた。
 
「辻田先生、突然のお願いで、しかも土曜日にも関わらず、ご足労をいただき、誠に恐縮です。本日のミーティング同席に改めまして感謝します。」
 
財津は立ち上がり、まるでホテルで顧客にホテルの非を謝罪するかのように辻田に詫びた。
 
「いえ、ご心配なく。参加できないときは参加できない、ときちんと申し上げますから。今日はたまたま、どちらにせよ仕事をする日でしたので。」
 
辻田も特においしくもないコーヒーを注文すると、ほどなく、豊島が現れた。中肉中背、歳は60才前半といったところか。自家用車で乗りつけたのか、練習場なのに上から下までコーディネートしたゴルフウエアを着用している。財津が応対した昨日の電話では切羽詰まった感じであったが、今日はドライバーの振りが冴えていたのか、顔つきはニコニコしている。
 
「悪いね、急に呼び出して、財津君。それと、えっと、花森君だったっけ。あ、こちら、辻田先生?いつも財津と花森がお世話になっています。」

「辻田です。実はわたくし、以前、渋谷のフジコーという不動産会社に勤務しておりまして、その時、豊島社長に何度かお会いさせていただいております。」

「あ、フジコーの。鶴田さんは気の毒だった。まあ、僕のところも大変だったけど。」
 
豊島はフジコーの鶴田社長と親交があった。フジコーは渋谷・円山町の再開発に力を入れていた地場の不動産会社で、池袋を地場とする豊島興産とはいわば地上げビジネスの同志だった。地上げというと悪いイメージを持つ人が多いが、権利関係が複雑な土地をきれいに解きほぐし、まとまったサイズの土地にして再開発を促すことは、都市の新陳代謝には必要な機能である。鶴田と豊島は単なる金儲けのためではない信条を持ったデベロッパー経営者であり、情報交換と称してたまに飲みにいく仲間であった。残念ながらバブル崩壊の波に勝てずにフジコーは倒産し、鶴田のその後の行方は知れない。豊島はすぐに話題を切り替える。
 
「さて、お忙しい皆さんの時間を無駄にしたくない。僕が『大家さん』と話してきたことを報告する。一言でいうと、うちのホテルの『リスク管理報告書』を提出してほしい、とのことだった。要は、コンプライアンスと保険付保状況を知りたいらしい。」
 
『大家さん』とは帝国生命のことであるが、豊島はここが公の場であることをおもんばかり、一応隠語を使った。財津は丁寧に確認の質問をする。
 
「社長、コンプライアンスの意味はわかりますが、リスク管理報告書ってどういう意味ですか?うちの社内の法令遵守状況とか、ましてや保険の加入状況を何故、『大家さん』に伝える必要があるのでしょうか?」

「うん。ご存知のように、いまやうちの『大家さん』は外資系だ。一定面積以上の不動産を借りているテナントについては、法令遵守の確認と、失火があったときの第三者賠償保険に加入しているか、その補償額はどの程度なのか、をグローバルでチェックすることになったらしい。もちろん、うちの賃貸借契約にはそんな報告書の提出義務は書かれていない。だけど、契約更改交渉の時には改めて要請をされるだろうし、僕としては今からできるだけ協力しておきたい、というわけだ。」
 
続けて、辻田が発言する。
 
「社長。先方の趣旨はなんとなくわかりましたが、『リスク管理報告書』っていうフォーマットは業界で一般的に聞く報告書でありません。おそらく彼ら社内独自のフォーマットがあるはずです。少なくとも、そのアウトラインがどうなっているのか、そしてそれが御社ですぐに回答作成ができる内容なのか、を確認しないと、期日までに回答できるかどうかの返答ができないのではないでしょうか。」

「それは承知している。今、報告書のひな型をメールしてくるようにお願いしているところだ。提出期限は年内と言っていた。あまり時間がない。」
 
辻田はうなずき、今度は財津と花森の方を向いた。
 
「財津さん、花森君、これはある意味、良いきっかけかも知れません。これまで御社は収益改善に焦点を当てて努力をしてきました。ですが、リスクマネジメント、という観点もとても大切です。仮に収益向上が法令違反の上に成り立っていたとしたら、意味がありません。また、順風満帆に見える運営をしていても突然事故が起き、損害賠償義務が発生しないとも限りません。事故やリスクにはどんなものがあるかを推察し、事故が起きないようにするにはどうしたらよいか、事故が起きてしまったらどうするか、といったことを取り扱うのがリスクマネジメントです。おそらく御社内で明示的にリスクマネジメントを所管している部署はないでしょうが、強いて言うなら財務部ですかね。今回私の契約はホテルの収益改善と賃貸借契約更改の支援で、リスクマネジメント支援が含まれているわけではありませんが、乗りかかった船です。よろしければ、お手伝いします。」
 
財津は辻田の手を取り、謝意を述べる。
 
「辻田先生、ご協力ありがとうございます。日々のホテル運営に躍起になっている我々にとって、正直、疎い分野です。先生にお手伝いをいただけるのであれば、大変に心強いです。ですが、いろいろとお願い事ばかりしていて心苦しいのも事実です。豊島社長、ここはひとつ、辻田先生と追加のコンサルティング契約を締結することでいいですよね?予算の方、よろしくお願いします。」

「なんだ、君たち、グルか?でも、仕方ない。帝国、あ、いや『大家さん』との関係を良好に保つこと、それからホテルの抱えているリスクを整理すること、は、重要、かつ、うちのホテルスタッフの手に余る。それは認める。それに、先生がフジコーに勤めていたとおっしゃるのなら、僕は安心だ。まあ、でも、追加料金はお安くしておいてください。詳細は財津と詰めていただくということで。では、僕はこの辺で。」
 
そういうと、豊島はゴルフバックを抱えて去っていった。要はよくわからないことを要求され、困って財津に丸投げし、財津が辻田の支援を仰いだ、という図式だ。豊島としては、誰か信頼できる人が何とかしてくれれば、それでいい。多少のお金がかかっても。
 
*****
 
豊島がカフェレストランを去ったあと、3人は財津の社用車でホテルメガロポリスに向かった。財津はホテルでスーツに着替えたあと立身大学に出向く必要があるし、辻田も午後のセミナーまでは研究室で仕事をするということだった。花森はこのまま帰宅しても良かったのだが、何となく帰り辛く、ホテルまで同行することにした。辻田は車内でリスク管理の留意点を説明し始めた。
 
「リスクはいろいろな分野に跨(またが)っています。おそらくお二人は、食中毒などの衛生管理、セクハラ・パワハラの人材管理、ゲストの絡む事件や保険金請求事案などは、私より良くご存じでしょう。私がお手伝いできるのは、それ以外の分野、不動産権利関係リスク、許認可リスク、賃貸借契約リスク、資金調達リスク、などです。特に、許認可関係と帝国生命との契約については、重点的なレビューが必要になると思います。花森君、帝国との契約は目を通しているよね?」

「はい。ですが、それほど論点になりそうなところはなく、割とシンプルな契約です。先生に以前ご指摘いただいた、『定期賃貸借契約かどうか』については、残念ながら『定期』と書いてあり、当方に契約延長権はありません。」

「そうか。まあ、そうだろうね。今回僕の契約にリスクマネジメント支援が追加されたから、僕もその契約、見せてもらうよ。あとでpdfファイルをメールしておいてね。」
 
花森が、承知しました、と返答する頃、社用車はホテルの地下駐車場へと到着した。辻田は駐車場の一角にある倉庫を発見し、花森に調査を要請した。
 
「さっそく、コンプライアンス問題かも知れないものを見つけたよ。あの倉庫、たぶん建築基準法違反だ。」

「えっ、そうなんですか? 見ただけで何でわかるんですか?ずっと前からあそこにありますけど。財津さん?」

「うん、僕が着任した5年前にはもうあそこにあったと思う。辻田先生、あとで詳しく調べますが、何が問題そうなんですか?消防法?」
 
3人は下車し、件の倉庫まで歩いて見に行くことにした。どうやら、この倉庫では、宴会場で使う椅子やテーブルが壊れた際に一時的にここに持参し、ここで修理して館内の倉庫に戻す、という運用をしているようだ。
 
「消防法もそうかもしれませんが、一番の懸念は建築基準法です。駐車場は容積率計算上緩和措置を受けているのが一般的で、それ以外の用途にすると緩和措置がなくなって容積率オーバーとなる可能性があるんです。それと、そもそも駐車場という用途を倉庫に利用することで用途違反に問われかねません。多くのホテルでこの程度の違反は散見されますが、銀行から改めてお金を借りるときやホテルが売買されるときなどは、是正が求められてもおかしくありません。また、今回のような賃貸借契約の更新時に賃借人のコンプライアンス違反を問われて契約更新に支障を来すことも避けねばなりません。なお、滅多なことはありませんが、建築基準法違反には最悪の場合、建物使用差し止め命令が発出されます。」
「なるほど、日常の風景と化していても改めて調べる姿勢が大切ということですね。ホテルスタッフはいちいち建築基準法の確認までして動いてはいない。」

「はい。御社はこれまで外部からの資金調達をしてこられなかったので必要がなかったのでしょうが、一度エンジニアリングレポートを取得されては如何でしょうか?」

「エンジニアリングレポート? なんです、それは?」

「ゼネコンや建築関連コンサルタントがつくってくれるレポートで、建築基準法や消防法などの遵法性チェック、アスベストやPCBといった有毒建材利用の有無、建物や設備のメンテナンス状況などをまとめたものです。素人の私が気が付いたところだけ指摘するのではなく、きちんとしたプログラムに基づいて調べることで、遵法性チェックや長期修繕計画に基づく将来の資金需要把握が可能です。このホテルは大型フルサービスホテルなので、多少値が張りますが、2百万円もだせばどの業者でも対応してくれると思います。もちろん、設備投資の多くは御社ではなく不動産所有者の帝国生命が行なうことになるわけですが、賃貸借契約の更改にあたり、帝国生命とも今後の長期投資計画について意見のすり合わせをしておくことをお勧めします。」

「辻田先生、そういえば4月にこのプロジェクト支援のお願いに伺ったとき、先生以外のコンサルタント雇用が必要になるかもしれない、とおっしゃっていました。このエンジニアリングレポートもそのひとつなんですね。」

「花森君、よく覚えていたね。長期修繕計画については既に御社のエンジニアが中心となって作成済だとは思うが、第三者の目でクロスチェックを行なうという意義もあるだろう。特に、現段階では賃貸借契約が更改されるかどうかわからない。そういう局面では、どの程度の設備投資をすべきか、判断が難しくなる。まずは第三者の目でみた長期修繕計画を作成し、その中でどうしても今、更新投資すべきものを選別する必要がある。」

「わかりました。至急、検討します。」
 
3人は地下の従業員入口からバックオフィスに入り、財津は総支配人室へ向かった。辻田と花森は一旦、経営企画室に向かうことにした。リスク管理報告書作成のためのアクションプランを整理するためだ。
 

(つづく)

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2021年11月26日号
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花巻温泉(株) 代表取締役社長 安藤 昭氏

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