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第十八回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第18回 タイムバリューを理解せよ(2)

【週刊ホテルレストラン2021年03月19日号】
2021年04月28日(水)
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(前回までのあらすじ)
東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平は、社長よりホテルの事業価値の計算を命ぜられることとなった。早速コンサルタントとして迎えている立身大学の准教授 辻田健太郎に相談に行き、その算出方法に対してアドバイスを受ける。ホテルの現在価値の計算法についてだ。
 
---
 
「まあ。そう焦るな。ここでちょっと、アマゾンの話をしよう。アマゾンが米国新興株式市場NASDAQに株式上場したとき、彼らは創業時からずっと赤字の状態だった。でも、上場したということは株価がついたということだ。しかも上場時には新株を発行し、たくさんの新しい投資家がアマゾンの株を買った。何故だろう?」
 
しばらくの沈黙のうち、またしても森本が答えた。
 
「将来性があると投資家が判断したから、ですかね。」

「森本さん、冴えているね。君はS評価だ。そう、今儲かっていなくても、将来儲けられると皆が信じたんだ。そして、その将来の儲けに対して株価が形成されたわけだ。」

「でも、先生、アマゾンは結果的に大成功しましたけど、世の中には創業まもなくつぶれていく会社がたくさんあります。『将来これだけ儲かる』と無名の経営者が力説しても投資家は額面通り受け取ってくれないかも知れません。アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスだって、その時は無名の経営者の一人に過ぎなかったわけですよね?」

「それもいい論点だ。花森君の評価もSに引き上げてあげよう。いい質問ができる学生は、いい学生なんだ。覚えておいてくれ。さて、花森君、ホテルメガロポリスに関して言うと、今、君が正にジェフなんだよ、わかるかい?」

「は? 意味がわかりません。」

「残念。君の評価はAマイナスにダウングレードだ。さて、赤字のアマゾンが上場した時、投資家はアマゾンの株式をどうやって評価していただろう。大雑把にいって、3つの要素が考えられる。①ベゾス氏が示した将来の損益予測、②それがどのくらいの確からしさで実現するかのリスク査定、そして③このビジネスモデルに投資する場合にどのくらいの利回りを期待するのが妥当かの検討、だ。③は森本さんがさっき指摘した類似業種比準法が使える。ただし、アマゾン創業時のコアビジネスである『書籍販売業』との比較ではだめだ。アップルみたいなプラットフォームを形成して儲けるビジネスが近いかもしれない。株価の利回りの指標は一般に株価収益率、Price Earnings Ratio、略してPERというが、時価総額÷純利益、で計算される。ということは、時価総額、すなわちこの会社の株式全体の価値を知りたければ、純利益×PERで計算できる、ということだ。①の利益予想と、③の類似業種比準法を組み合わせる、ということだね。比較可能な会社のPERがわかれば、それをメガロポリスの利益予想にかけることで株価が計算できる。」
 
辻田は既に飲み干したはずのコーヒーを再度飲もうとし、空であることに気づいた。森本が気を利かせて缶コーヒーを買ってくることを申し出たが、辻田はそれを制して話を続ける。
 
「さて、僕が『今、花森君がジェフ・ベゾスだ。』といったのは、①と②に関してだ。君たちのホテルが今、赤字であり、清算価値もないことはわかった。そこに価値を見出すとしたら、①将来利益の予測、と②その予測が当たる根拠、がなければならない。ジェフは①と②の説明に成功し、アマゾンを無事に上場させることができた。君はどうだ。将来利益の予測を示しているか? その予測が当たる根拠は何だ? メガロポリスの株式価値はそれにかかっている。」
 
花森はようやく気が付いた。これまではとにかく経営課題を見つけ、その改善策を実行することばかり考えていたが、ではその経営改善によって、いつまでにどのくらいの収益改善が見込めるのだろう。その目標設定がなかったのではないか。いや、数値目標はある。今の年間賃料の7%増、16億円を支払ってなお利益が出る体質を目指しているはずだ。それが達成できれば帝国生命はホテルの賃貸借契約を更新してくれる。要はこの利益目標を達成するには各部門がどの程度の利益改善を行なえばいいのか、逆算して割り振ればいい。そして、その部門利益が捻出できそうかは、各部門のKPI、経営指標をどう改善するかを示せばいい。近藤の力を借りればすぐだろう。今回の株式売買についての相談は禁じられているが、来期以降の目標設定自体は収益改善プロジェクトの一環だ。豊島社長も反対できないだろう。
 
「辻田先生、わかりました。来年3月に終わる今期の利益改善幅は大したことないでしょうが、来期の損益予想、賃料増額後でも最終利益がプラスになるものを作成します。それが今回のプロジェクトの目標ですから。そしてそこには、ホテル活性化委員会のサブプロジェクトひとつひとつがどの部門にどの程度の収益改善をもたらすのかを説明したメモをつけます。それが、投資家に我々の損益予想が達成可能だと思わせる『根拠』になります。」

「そう。それでいい。君の評価をSに戻そう。その来期の損益予想ができたらもう一度ディスカッションしよう。ちなみに、これまで『利益』という言葉を曖昧に使ってきたが、正確には『税引後当期利益』の予測を立ててきてくれ。株主は税引後当期利益から配当という形で利益を吸い上げるからね。」

「先生、ありがとうございます。では、早速ホテルに帰って…。」

「花森君、まだだ。もうひとつ重要なことを説明しなければならない。もうちょっと付き合ってくれ。さっき、株式価値=税引後当期利益×PERだと説明したが、これは会社が未来永劫事業を継続させることを前提としている。そりゃいつかはトヨタだって、ソニーだって、アマゾンだって、会社としての寿命を終える日がくるだろうが、少なくとも来年、再来年の話じゃない。ところが、君の会社はどうだ? 最悪の場合、再来年の3月には閉館の憂き目にあっているかもしれない。だから、年間利益の何倍が株式価値、という考え方にはなじまないんだ。」

「だとすると、うちの株式価値=来年一年分の利益、ってことですか?」

「最悪の場合、そういうことだ。ただ、賃料増額後の税引後当期利益がプラスになることが確実なのであれば、賃貸借契約は更新され、あと10年は儲け続けられる。そして、その利益水準が続くのであれば、その次の10年の契約更新も期待できる。その契約更新リスクをどの程度数値として織り込むか、が、今回の株式評価で一番難しいところだ。」

「そのリスク、どうやって数値で織り込むんですか?」

「一般的なやり方は、有期還元法や割引率にリスクプレミアムを載せるという方法なんだが、いきなり有期還元とか割引率といってもピンとこないよね。コーポレートファイナンスの授業でもすぐに理解できない学生が多い。」
 
辻田はノートを取り出し、簡単な式を書き始める。
 
「さっき、株式価値=利益×PERだと説明した。ということは、PER=株式価値÷利益、だね。でも『利回り』といったら、投資元本に対して何%のリターンがあるか、で表した方が直感的にわかりやすい。実は、PERの逆数が投資利回りだ。投資利回り=1/PER=利益÷株式価値、ということだ。例えば、期待配当額が20円の株式を1,000円で買った場合、期待投資利回りは20/1,000=2.0%、ということになる。ここまではいいね。」
 
花森も、森本も、神妙にうなずく。
 
「では、ここで、その株式会社の社長がジェフではなく、花森君だったとしよう。花森社長は期待配当額が20円と言っているが、一年後本当にその配当額が支払われるだろうか? 僕だったら、疑う。」

「はい、私自身も疑います…。」

「だけど、どうしてもこの株式に投資をしてくれ、と言われれば、株価をディスカウントして買うだろう。例えば、半額とかで。花森社長が20円の配当をしてくれる可能性はゼロじゃない。仮に僕がこの株価を500円と査定したとしよう。利回りはいくらになる?」

「20/500なので4.0%です。」

「そう。期待配当額は同じ20円なのに、ベゾス氏が社長だったら1,000円の株価の会社も、花森君が社長だと500円にしかならない。この株価の差は配当利回りに表れている。2%と4%だ。この差がリスクプレミアムと呼ばれる。花森社長の手腕の不確実性を数値化したものだ。」

「なるほど。配当利回りが高い、ってことは、優良企業かと思っていたのですが、必ずしもそうではなく、配当利回りの達成可能性が低いということなんですね。」

「必ずしもそうとは言えないが、何らかのリスクを反映していることは間違いない。さて、投資利回りとリスクプレミアムの関係がわかったところで、あとひとつだけ理解をしてほしいことがある。今日もらえる10,000円と一年後にもらえる10,000円の価値の差のことだ。」

「話がどんな方向に進んでいるのかまだ見えてきていませんが、今日の10,000円の方が価値がある、って話ですか?」

「そのとおり。何故、今日もらえる10,000円の方が価値が高いと言える?」

「例えば、先生が私に10,000円くれるといっても、1年後には忘れているかもしれません。」

「そう、忘れているか、もしくは1年後に僕は自己破産しているかもしれない。それは、君にとってのリスクだ。それに、もし君が今日10,000円を手にしてそのお金で期待配当率2%の株式に投資をしたとしよう。本来は株価に変動があるが、ここでは無視して一年後も同じ株価だったとする。そうすると、君の10,000円は1年後には10,200円になっている。1年後に10,000円をもらうということはこの200円を稼ぐ投資運用機会を失うということだ。まとめると、1年後にもらう予定のキャッシュには、もらえないかも知れないリスクや、運用機会損失リスクが含まれるため、今貰えるキャッシュより価値が低いということになる。ではどの程度その価値を低く査定すべきかというところで、割引率という概念が出てくる。例えば、君のホテルの来年の利益予想が100百万円、再来年は120百万円だとしよう。そして、君のホテルと同じような別の会社に投資をしても10%の利回りが狙えるとする。」

「すみません。どうでもいいことかも知れませんが、さっきまでは株式配当利回りが2%といっていたのに、どうして今度は10%なんですか?」

「花森君、いい質問だ。さっきまでは上場している会社の例を出したが、今は賃借人として単館でホテル経営を行なう非上場のビジネスモデルの議論に切り替わった。上場していないということはすぐに換金できないということでリスクが高い。また、賃借人モデル、単館運営もリスクが高い。よって、リスクプレミアムが高くなるというわけだ。実際に10%がいいかどうかは置いておき、少なくとも2%よりずっと高い期待配当利回りが求められると考えておいてくれ。」

「理解しました。話の腰を折ってしまい、失礼しました。続けてください。」

「いや、いい質問は説明を遮る価値がある。これも覚えておいてくれ。さて、来年の100百万円は、今日の価値でいうと、100百万円/(1+10%)= 90.9百万円ということになる。今日90.9百万円持っていて利回り10%の投資商品に投資をしたら、一年後に100百万円になるって意味だ。同様に、再来年の120百万円は、今日の価値でいうと、120百万円/(1+10%)² = 99.2百万円となる。再来年のキャッシュの価値は10%という年間割引率が2年分かかってくるからね。これらの割引率を加味して将来のキャッシュを今の価値に置き換えたものを『現在価値』という。そして、君のホテルがあと10年間利益を稼ぐことがわかっていれば、その10年分の利益の現在価値を足し上げたものが、君のホテルの事業価値、株式価値、ということになる。この評価方法はDiscounted Cash Flow法、略してDCF法と呼ばれている。ちなみに、式で表すとこんな感じだ。CFnとはn年目のCash Flow、キャッシュフローとはここではまあ利益と同義と考えていい。」




花森と森本は顔を見合わせる。花森が代表して発言する。
 
「先生、文系の人間にとってシグマが出てきたら、もうギブアップです。」

「知っている。ちょっと、こけおどしに見せただけだ。でも、安心してくれ。シグマは忘れていい。エクセルの使い方をちょっと覚えるだけでいいんだ。」
 
そういうと、辻田は研究室にあるノートパソコンを開き、エクセルを立ち上げ、ほんの2、3分で以下のようなモデルを作ってみせた。花森は辻田がPCを使っているところを初めて見た。やっぱりPCはちゃんと使えるんだな、と妙なところで感心した。
 

 
「現在価値の計算式はC6に例示してあるから、参考にするといい。詳しくはエクセルが得意な人に訊いてくれ。さて、このモデルは第1年度を来年にしてある。そして、来年無事に賃貸借契約が更新されて、更に10年間ホテル経営ができると想定している。N列をみてほしい。毎年の利益を単純に11年分足し上げていくと15億円ほどになるが、現在価値の合計は9億円弱、だ。」

「なるほど。セントポール・キャピタルが言っている、だいたい10億円くらい、という株式価値はこんな感じで計算されている、ってことですね。」

「うん、このモデルは非常に単純化しているので10億円という数字の元がこうかどうかは何とも言えない。でも、セントポール・キャピタルはこのDCF法で評価してくる可能性が高い。このモデルをより精緻にしようと思うと、第12年度以降は契約更新されるのか、閉館する際の従業員解雇費用や原状回復費用はいくら見積もるのか、20億円の入居保証金は全額返還されるのか、等、まだまだファクターとして検討しなければならないことがたくさんある。ただ、豊島社長に細かい話をしても仕方ないし、このモデルだけでも固めるべき変数、パラメーターが複数含まれている。まず、来年度末に契約は更新されるのか、来年以降の利益はここで適当に入れた数字のように増えていくのか、割引率10%は妥当なのか、などだ。」

「先生、ご説明はわかったような気がしますが、こういうモデルを自分で作る自信がありません。まずは、来年以降の利益予測を作り、そのあとまた相談させていただくことでよいでしょうか?」

「もちろん。ただ、『株式価値』をどうやって計算したらいいか、の考え方はわかっただろう。そこが重要だ。通常M&A(会社買収)案件では、モデルの精緻化は雇用されたアドバイザーが行なう。だけど、雇用主としてそのモデルの意味を知らなければ、高い報酬を払う意味がない。この割引率を用いた現在価値を計算する考え方はタイムバリューと呼ばれる。『時間の価値』ってことだね。日本の企業はこのタイムバリューをきちんと理解していないところが多い。よく外資系企業が日本の会社の意思決定が遅いことを不思議に思っているという話を聞くよね? 意思決定が遅いほどプロジェクトの収益化が遅れ、割引率が効いてそのプロジェクトの現在価値が小さくなっていくのに、日本の企業は何故迅速な意思決定をしないのだろう、というわけだ。君たちの会社はたまたま賃貸借契約期間終了というタイムリミットがあるため、すごい勢いて経営改善プロジェクトを進めているが、そのタイムリミットがなかった時の進捗状況はどうだった? まさに『時は金なり』、なんだよ。さて、僕のタイムリミットが近づいて来た。これから3時間の講義が始まる。僕はタイムリミットまでの時間を有効に使って成果を出せたかな?」

「先生、もちろんです。次回はコーヒーがなくならないよう、ポットでお持ちしますね。」
 
辻田の研究室を辞し、花森と森本はホテルメガロポリスに向かって歩き出す。師走の夜は冷え込むが、寒さを感じる余裕がない。二人とも無言だ。ホテルが売られるかも知れないという不安と今日のコーポレートファイナンスの講義内容の消化で頭の中がいっぱいだ。不安は脇に置き、これから来期の損益計算書をどう作るかの検討をしなければならない。経営企画室の長い夜が始まる。
 

(次号へつづく)

 

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