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第四回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第4回 腐りやすい在庫(2)

【週刊ホテルレストラン2020年11月27日号】
2020年12月17日(木)
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東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」のレストランマネージャーであった花森心平。コンサルタントとして迎えることとなった立身大学の准教授 辻田健太郎との第一回目のミーティングは、ホテルの宿泊ビジネスの特性についての内容だった。そして、話は利益も考慮したレベニューマネジメントに差し掛かっていた。
 
---
 
「話が代理店手数料や連泊プランに飛んでしまったが、レベニューマネジメントに話を戻そう。過去の需要量や宿泊当日・翌日のイベントなどを見ながら需要予測を正確に行なうのがレベニューマネジメントの第一歩だ。例えば、君のホテルの横には東京芸術劇場がある。あの大ホールは2,000人収容できる。宿泊需要を伴うような広域集客が見込める演目がある場合、君のホテルへの宿泊需要は高いはずだ。そんな日にディスカウント販売はしないよね?」

「それはそうですね。それでも強気の価格設定で部屋を余らせてしまうこともあるようなのですが・・・。」

「それは、大雑把に「隣の劇場で大規模イベントがあるから需要が増える」程度にしか考えていないからそうなるんじゃないかな。具体的にどのタイプの部屋が何部屋、いくらで売れたのか、過去の事例を分析することで、そのイベントによって発生する宿泊需要の全体像が見えてくるはずだ。それがまさに需要予測の基礎資料になる。ただ、実務上、需要予測を行ないながら足元の予約状況をみて日々の価格設定を変動させていくのは手間がかかる。手動で行なうこともできるけれど、市販のレベニューマネジメントシステムを導入した方が手っ取り早いだろう。何しろ君のホテルはターミナル駅前で部屋数が800もある。費用対効果分析は必要だが、導入効果は十分に見込めると思うよ。」

「はい。承知しました。先生、うちのホテルにはレベニューマネジャーという職種がないのですが、新しくポジションを作った方が良いですか?」

「もちろん。君のホテルの売上の4割以上を占める客室部門の価格戦略は大型投資を行なわずにホテル収益を改善するのに一番重要といってもいいだろう。ただ、システムを導入すれば何も考えなくていい、ということではない。世の中にはシステムを活用できていないホテルもたくさんある。システムはシステム、それを活用するチームのヘッドがレベニューマネジャーということだ。それと、もうひとつ力説しておきたいことがある。これまでの話を聞く限り、君のホテルでは意識されていないと思われる点だ。」
 
辻田は空の紙コップを、今度は音を立てて左手でつぶし始めた。ノートを取り続ける花森が何事かと頭をあげると、辻田は花森の目を見ながらいった。
 
「平均客室単価、いわゆるADR(=Average Daily Rate)はあくまでもいろいろな部屋をいろいろな販売価格で売った結果の平均値でしかない。ADRを上げるには、販売価格を一律引き上げるのではなく、安く売っているセグメントや販売チャンネルの数を絞り、その分をより高く売っているセグメントや販売チャンネルで稼ぐ、という意識を持つといい。それには、客室部門とマーケティング部門の連携も重要になってくる。多少稼働率が下がっても気にしない。経営指標はあくまでもRevPARだ。」

「なるほど。レベニューマネジャーには結構専門的な知識が必要そうですから、最初はどこかのホテルで経験がある人を雇った方が良いかもしれませんね。」

「レベニューマネジメントシステムの会社は導入時にいろいろアドバイスしてくれるだろうけど、客室部門全体にレベニューマネジメントの意識を浸透させるという意味では経験者を採用して、その人に社内伝道師になってもらうのが良いかもしれないね。ということで、稼働率が高いことと収益性が高いことに特に関係がないことはわかっていただけたかな。よくホテル会社の事業報告書で『激化する競争環境の中にあって、客室単価下落は避けられませんでしたが、稼働率は何とか例年並を確保することができました。』みたいな説明を目にするけど、それは『セグメントミックスやプライシング、レベニューマネジメントをきちんとやらずに当日価格を下げて稼働率だけ何とか帳尻を合わせました。』といっているようなもんだ。」

「なんだか、うちのホテルの営業報告書のことを言っているみたいで、耳が痛いです。」
 
気が付くと、学食前のオープンエアエリアにたむろしていた学生たちはいなくなっていた。授業が始まったからなのか、早めの夕食を食べに学食内に入ってしまったのか。花森はホテルメガロポリスのオールデイダイニング「ウエストゲート」のアイドルタイムを思い出し、一人で苦笑いした。
 
「ところで、君のホテルではオーバーブッキングを取らないと言っていたね? 800を超える客室を擁していたら、毎日数十件の直前キャンセルやノーショウが発生するだろう? 何故オーバーブッキングをとらないんだ?今のままでは当日ディスカウントで販売しなければならない客室数が何十室も、継続的に発生する。」

「はい。経営陣のポリシーです。せっかくご予約をいただいてご来館されたお客様が、ホテル側の都合で宿泊できないということはあってはいけない、という理由だと聞いています。」
「確かにそういう大事な客もいるだろう。そういうリピート客やVIP客はホテルとして把握しているはずだし、そういう客の予約はできるだけ守るべきだと、僕も思う。しかし、大半の宿泊客は、単にOTAのサイトをみて、自分の宿泊予算に照らして『お値打ち』だと思って予約をしてきているだけだ。そういった客に『誠に申し訳ございません。宿泊料は当館で持ちますのであちらのホテルでご宿泊いただけませんか?』といって、ちょっと良いホテルを案内してもそれほど大きな問題にはならないと思わないかい?この、オーバーブッキングであぶれて別のホテルに案内することを業界用語でウォーク Walkという。」

「そうですねぇ。ただ、うちのホテルの場合、池袋で唯一の大型シティホテルなので、同等のホテルに移ってもらうっていうのが無理なんですよ。」

「だったら、タクシー代もつけて新宿まで送ってしまってもいい。」

「そんなことしたら、大赤字ですよね?」

「本当にそうだろうか?調べてみる必要があるね。まず、収益向上のためにオーバーブッキングポリシーをきちんと運用するには、需要予測が重要だ。」

「また、需要予測、ですか。」

「そう。もし仮に需要予測がものすごく正確で、今夜20室の直前キャンセルもしくはノーショウがあるとわかっていたら、君ならどうする?」

「そりゃもちろん、事前に20室多く予約をとるようにしますよ。」

「そうだね、では、確率50%で20室がノーショウとなり、確率50%で10室がノーショウとなることがわかっていたら、どうする?」

「難しいですね。でも、とりあえず、10室余計に予約を取っておけばいいんじゃないですか?仮に20室ノーショウとなっても、空室リスクは10室で済みます。」

「うん、最適化はされていないが、それでも10室分の空室、もしくは当日の大幅な割引価格での販売による逸失売上を阻止することができる。まず、需要予測の重要性はわかってくれたね?」

「はい。ですが、予測は外れることがあります。10室分余計に予約をとっておいて、ノーショウや当日キャンセルが5室しかなかったら、5室分はタクシー代と別のホテルの宿泊代をうちのホテルが負担することになります。それは、やはり大きなリスクです。」

「なるほど。でも予測が当たらないということは逆に振れることもある、ということだよ。10室分オーバーブッキングして、当日のキャンセルもしくはノーショウが15室かもしれない。もちろん、当日割引価格でインターネットで売ることはできるかもしれないけど、正式なキャンセル連絡がないノーショウの場合、その部屋を売りに出すわけにはいかない。また、当日キャンセル分が直前販売でうまく埋め切れるとも限らない。」

「でも、オーバーブッキングしなければタクシー代や別のホテルの宿泊代の「持ち出し」にはならないですよね?その方がよくないですか?」

「その考え方は間違っている。」
 
そこまで言って、辻田はやおら立ち上がった。
 
「やっぱり、紙コップを捨ててきたいな。君のも捨ててきてあげるよ。ついでにちょっとトイレに行ってくる。このトイレタイムは、1時間のミーティング時間から除外してあげるから、ご心配なく。」
 
辻田はそういうと、学食棟の中へ消えていった。花森は考える。何故、自分の考えは間違っているのだろう。手元のノートに簡単な図を書いてみる。まず、簡素化のために部屋数は100室にしよう。オーバーブッキングはOB、ノーショウはNS、お客様に他のホテルに移ってもらうことをWalkという。ケース1はOB=NSのケース。なんの問題もない。ケース2はOB>NS、5室分のWalkが発生する。ケース3はOB<NS、空室が発生する。図に書くとこんな感じだ。


自分で書いた図をみて、花森は合点がいった。ケース2では満室稼働をしているのに対し、ケース3では5室分の空室がある。すなわち、ケース2の方がホテルの売上が5部屋分多い。ケース3における5室分の逸失売上は、仮に一部屋15,000円で売るとして、15,000円×5=75,000円だ。でも、ケース2では、Walkさせるホテルにこの同額を払ううえ、タクシー代まで出さなければならない。やはり、ケース2の方がタクシー代分だけ損するのではないか?

花森が悩んでいるところに、辻田が戻ってきた。
 
「先生、ここまで考えました。私の書いた図を見てください。」

「素晴らしい。わからないことを図に書いて整理するというのは、とても大切なことだ。少なくとも、何がわからないのかが、わかってくる。君は『筋』がいい。で、さっき私が言ったことは理解できたかな?」

「いえ、残念ながら。ケース1が理想的で10室オーバーブッキングで10室当日キャンセルもしくはノーショウ。100%満室稼働です。次に、まずケース3をみると、5部屋売れ残ってしまっています。ケース2では5部屋分オーバーブッキングしているので、満室稼働ではあるものの、Walkさせるホテルの部屋代負担に加えて、タクシー代も払います。従って、ケース3よりも収益が低いことになります。やはり、オーバーブッキングは費用負担リスクが高いということではないですか?」

「いや、そうではない。このケース1,2,3は、それぞれどのくらいの確率で発生すると思うかい?」

「それはわからないですね。例の「需要予測」の正確性次第ですから。」

「そのとおり。では、仮に、それぞれ、1/3の確率で起こるとしよう。変数が多いとわかりにくくなるから、ここでは客室単価は一定だと仮定する。そうすることで、高稼働率=高売上高、ということになる。それから、ケース2では君が言う通り、ホテルの純売上はケース3より低い。タクシー代がかかるからね。そのコストを稼働率に反映させるとして、ケース1の稼働率は100%、ケース2は93%、ケース3は95%、としよう。それぞれのケースの発生確率は1/3だから、このホテルの予想稼働率は100%×1/3+93%×1/3+95%×1/3、すなわち96%、になる。」

「そうか。オーバーブッキングポリシー導入前はそれぞれ当日に発生する空室率が10%、17%、15%だったから、90%×1/3+83%×1/3+85%×1/3で、86%、当たり前ですけど、予想稼働率は低くなりますね。」

「もちろん、その低い稼働率を前提に当日予約限定プランを売り出してもよいけど、一般的にはオーバーブッキングで受けていた予約よりも単価は下がるし、全て売り切れるかどうかわからない。」

「先生。過去の需要がどうだったかの分析、そしてチェックイン日の需要量がどうなりそうかの予測をすることが、こんなに重要だとは知りませんでした。オーバーブッキングのケースでは需要予測が正確なほど、ウォークや空室のコストを負担しなくて済みます。これまで、うちのホテルの値付けは、他のホテルがいくらで売っているかの分析だけで判断していたようなのですが、それだけではだめだ、ということですね。」

「誤解して欲しくないんだけど、他のホテルの値付けももちろん重要な要素のひとつだ。そして、君のホテルが仮に特徴のないビジネスホテルで、競合ホテルとは価格だけで競争しているというのであれば、競合ホテルの価格付けの重要性は極めて高くなる。その場合、君のホテルはマーケティング用語で『コモディティ』と呼ばれる。『日用品』という意味だ。君はコンビニでペットボトルのお茶を買うとき、価格で選ぶ?それともブランド?」

「私はあまり味に拘りがないので、コンビニのプライベートブランドを買いますね。一番安いし。」

「そう、それがコモディティ化だ。各社ともお茶の味の向上に努めてはいるだろうが、消費者は価格だけで判断する。何故かというと、どのブランドも味はほぼ同質だ、と見られているからだ。そうすると、価格競争に陥る。ビジネスホテルの場合、差別化がしにくい業態なので、どうしてもコモディティ化しやすくなる。でも、君のホテルは違う。フルサービスホテルとして、また巨大ターミナル駅前立地のホテルとして、どんな差別化ができるのかを考えながら販売プランを考えるべきなんだ。」

「ありがとうございます。ご指摘の点はよくわかりました。最初は稼働率の話をしていたのに、なんだか、最後はマーケティングの話になってしまいましたね。」

「そう。それがリアルワールド、現実の世界だ。大学の科目みたいに、これは財務問題、これはマーケティング問題、みたいにきっちり分かれているわけではない。さて、もう時間だ。」
 
辻田は立ち上がった。花森はあわてて腕時計を見る。17:12。5分の遅刻と7分のトイレタイム、ということか。
 
「先生、今日もありがとうございました。新しく教えていただいたことが山盛りで、頭のメモリがパンクしそうです。」

「そうか。実は僕のノートパソコンもハードディスクのメモリが限界に近づいていてね。これから駅前のNOZAMAカメラに持っていってハードディスクをアップグレードしてもらうところだ。大学から歩いていけるところにああいう店舗があるのは便利だよね。」
 
どうやら、辻田が持ってきたパソコンは花森のためではなかったようだ。

(次号につづく)

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