写真:左より、Aloft Tokyo Ginza 総支配人 藤原邦継氏,シテ方金春流能楽師 山井綱雄氏,月刊HOTERES 編集長 義田真平
Aloft Tokyo Ginza(東京都中央区銀座)は、ホテル1階フロントに併設するロビー空間で、訪日客を主対象とした能楽プログラムを実施した。重要無形文化財(総合指定)保持者でシテ方金春流能楽師の山井綱雄氏が出演し、案内・説明は全編英語で進行した。今回は能「高砂」を上演し、舞の披露前に観覧者も参加して「高砂」を詠う場面を設けるなど、鑑賞に加えて体験要素を組み込んだ構成とした。
能楽は、能と狂言からなる日本の舞台芸術として継承されてきた文化であり、海外からの関心も高い領域とされる。ホテルがこの文化資源を館内で提示することは、滞在中に「日本に来た実感」を補強する要素となり得る。とりわけ今回のように英語で進行し、参加型の入口を用意することで、初見客にとっての理解のハードルを下げ、体験として成立させる意図が読み取れる。
ロビーを“滞在体験の入口”として活用
写真:オープニング準備の様子。神秘的な荘厳さで、ロビー入口に独特の雰囲気を醸し出す
会場となったのは、チェックインなど滞在中にゲストが自然に立ち寄るロビー空間である。専用の劇場に足を運ばなくても、ホテル館内で日本文化に触れられる設計は、インバウンド滞在における体験提案の一手となり得る。
ホテルが提供する体験価値は、客室や料飲に限らず、共用部の使い方によっても左右される。ロビーは「通過する場所」と捉えられがちだが、ここを文化体験の舞台として活用することで、滞在の中に一つの出来事を組み込みやすい。館外の観光案内にとどまらず、ホテル自らが体験の入口を用意する点で、館内コンテンツの差別化にもつながる。
「英語での理解」+「参加型体験」で距離を縮める
写真:観覧者も参加して「高砂」を詠う為の説明の場面
伝統芸能は、初見客にとって背景理解が追い付かず、印象が薄れやすい面がある。今回のプログラムは英語での説明を軸に据え、さらに詠唱参加を取り入れることで、観覧者が能の世界観に触れる接点を増やした。単に「見せる」だけではなく、声を出して関わる導線を設けた点が、鑑賞型のイベントとの差異として際立つ。
また、英語での進行は情報提供の手段であると同時に、訪日客に対する配慮を明確に示すメッセージにもなる。短時間の体験であっても、理解の糸口が提示されることで、滞在中の一場面として記憶に残りやすい構成を意識した取り組みと言える。伝統文化の紹介を「解説」だけで終わらせず、「体験」として接続した点は、ホテルが提供するコンテンツ設計として参考になる。
導入の要諦と設計視点
写真:現代的で華やかさのあるロビーのプロダクトデザインと、伝統芸能である能が持つ様式美が観覧者の体験価値を向上させる
ホテル館内イベントは、音楽やアートなど“空間演出”として展開されることが多い。一方で能楽は、日本文化を象徴するコンテンツを館内で提示できる点に特色があり、滞在の意味付けを補強する材料となり得る。加えて、英語進行と参加要素を組み合わせたことにより、「分かる」「関わる」という入口が用意され、単発のショー型イベントとは異なる価値を示した。
こうした取り組みは「イベントを開く」こと自体よりも、滞在体験の中でどのような位置を占めるかが重要になる。たとえば、ホテルのブランド像と親和するか、ゲストの滞在導線に無理なく組み込めるか、体験の余韻が館内での過ごし方(料飲利用や館内回遊など)に波及し得るか、といった観点で整理できる。
評価にあたっては、イベント単体の反響だけでなく、滞在体験全体への寄与という視点が重要になる。館内での過ごし方の充実、ホテルブランドの印象形成、館内利用との親和性、発信(口コミ・SNS)につながる可能性など、複数の観点で位置づけられるからだ。伝統文化を“鑑賞”に留めず、ホテル体験として編集する発想は、今後の館内コンテンツ企画にも示唆を与える。
滞在価値向上への挑戦とロビー体験の進化に期待
ホテルロビーで能「高砂」を英語で紹介し、参加型要素も交えて提供した今回の試みは、インバウンドに向けた館内体験の拡充策として一つの示唆を与える。文化体験を「館内の出来事」として提示することは、滞在価値を構成する要素の一つになり得る一方、継続することで初めて輪郭が定まっていく側面もある。
加えて、Aloft Tokyo Ginzaが持つ現代的で華やかさのあるプロダクトデザインと、伝統芸能である能が持つ様式美と緊張感を同じ空間に置くことは、打ち出し方次第で相乗効果を狙える。モダンな空間で、謡や所作が立ち上がる瞬間の“落差”は、観覧体験を印象づけ、ロビーという共用空間を「通過点」から「滞在の記憶を形づくる場」へと転換する可能性を秘める。
Aloft Tokyo Ginza 総支配人の藤原邦継氏が今後、ホテルの方向性に沿って本取り組みをどのように位置づけ、発展させていくのか。館内体験としての磨き込みとともに、空間デザインと文化体験の掛け合わせがどのように深化していくか、継続的な展開に期待したい。
ホテル紹介
Aloft Tokyo Ginza(東京都中央区銀座)は、マリオット・インターナショナルのライフスタイルブランド「アロフト」日本初進出となるホテル。銀座エリアに位置し、館内にはレストラン「The WAREHOUSE」やバー「W XYZ Bar」などを備える。ロビーラウンジは「Re:Mix」として設けられ、滞在中のゲストが行き交う共用空間として機能している。
Aloft Tokyo Ginza 公式ホームページ
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取材・文:オータパブリケイションズ 編集部 松島
Mail:matsushima@ohtapub.co.jp




