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第20 回 トップ企業経営者は何を考えるのか!? 

第20 回  宮崎県日南市長 﨑田 恭平 氏 × TOP CONNECT ㈱ 代表取締役 内田 雅章 氏

【週刊ホテルレストラン2016年09月09日号】
2016年09月09日(金)
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宮崎県日南市長 﨑田恭平氏
TOP CONNECT ㈱ 代表取締役 内田雅章氏

より暮らしやすい社会を作りたい
﨑田恭平市長と行政
 
内田 九州でもっとも若い市長として活躍をされていますが、まずは政治の世界に入ったきっかけを伺えますか。
 
﨑田 私自身、市長を務めている日南市の出身なのですが、田舎育ちで、家族や親戚はもちろん、地域の人たちにたくさん可愛がってもらいながら大きくなりました。特に大学へ進学する際は、それ自体が珍しいこともあり、盛大に祝ってもらいました。そのとき「都会に行くんじゃなくて、地域に戻って頑張って欲しい」という声をかけてもらい、自分自身も「いつかは自分の育った地域で…」という想いは抱いていました。
 
内田 もともと育った地域に戻り、市長になるという気持ちがあったのですか。
 
﨑田 地域に戻るという想いはありましたが、市長という職務に就くというところまではイメージしていませんでした。一番のきっかけは、大学時代に所属していたボランティアサークルで児童養護施設を訪れ、そこで生活する児童たちの現状を目の当たりにしたことです。ドラマやニュースなどで見聞きすることはありましたが、実態は想像をはるかに超えるもので、さまざまな事情を抱える子供たちを前に、当時の自分には何もできませんでした。自身の存在意義を考えると同時に、無力感にさいなまれたことを今でもよく覚えています。そういった子供たちがいきいきと暮らす社会を作りたい、これまで行政が踏み込めなかった部分を自分の力で変えていきたい、そのために自らが行政や政治に関わることを決意しました。市長になりたいという気持ちを持ったのは、宮崎県庁に入って仕事をしていく中で、自分なりの目指すものや、やりたいことを実現するための関わり方が見え始めたころのことでした。
 
内田 実際どういった経験をされたのか、簡単にお聞かせいただけますか。
 
﨑田 厚生労働省に出向していた時期があったのですが、当時は年越し派遣村などの問題が社会的に大きくなっていた頃でした。そのとき「この人たちにできることはなにか、もしくはもっと前の段階で何かできなかったのか」と感じ、もっと国民に近いところ、地域の人たちの声が届くところで仕事をしたいと思うようになっていきました。

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