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第9 回 Part3 中村勝宏プレゼンツ ~美味探求~ 

第9 回 Part3 日本ホテル株式会社 特別顧問統括名誉総料理長 中村 勝宏氏 × エディション・コウジ シモムラ 下村 浩司氏

【週刊ホテルレストラン2019年05月31日号】
2019年05月31日(金)
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日本ホテル株式会社  特別顧問統括名誉総料理長  中村 勝宏 氏
日本ホテル株式会社 特別顧問統括名誉総料理長 中村 勝宏 氏
エディション・コウジ シモムラ  下村 浩司 氏
エディション・コウジ シモムラ 下村 浩司 氏

はじめに
十六名の食のエキスパートと対談をした前回に続く第二段として、新しい視野の元、敬愛する方々との対談を行なっていく本連載。第9 回の今回はレストラン エディション コウジ シモムラの下村浩司氏にご登場頂いた。

 
8 年間で30 軒以上の経験
 
中村 
イタリアのマルケージはどうでしたか?
 
下村 僕が働いていたマルケージさんの店はミラノからイタリア北部ロンバルディア地方の小さな村に移転した店でしたが、イタリア料理を世界的レベルにまで押し上げた巨匠の料理を味わう為に、世界中からグルメなゲストが押しかけていました。
 
今では世界中のレストランで提供されているキャビアの冷製カペリー二、イタリアンパセリのラビオリ、黄金のリゾットなど、オリジナリティ溢れる料理が提供されていました。
 
マルケージさんは既に、厨房には立っていませんでしたが、撮影時に彼が作り出す料理の世界感やストーリーは本当に素晴らしかったです。
 
例えば、イカスミの真っ黒なリゾットを皿一目に敷き詰め、中心にはあえて真っ白な小イカ盛り、皿の下紙には墨感を強調するべく万年筆で文字を描きデコレーションするなど。
 
当時、マルケージ氏は60 代後半でしたが、衰えを微塵にも感じない桁外れのモダンなセンスにはしびれたものです。ピカピカに磨きあげられた銀製アンティークのコクティエ(卵入れ)のコレクションも見事でした。
 
中村 実際にそういう器を使用していたの?
 
下村 はい、ゲストにより様々なタイプのコクティエをアミューズに使ったりと、そこには唯一無二の世界感がありました。
 
そんな環境の中で育ったマルケージチルドレン達によって現在のイタリアガストロノミー界が、構成されている意味が理解できます。
 
中村 なるほどなるほど、あなたはかなりの店に出入りしていますが、スタジエ(研修)を含めて何件くらいになりますか?
 
下村 僕は8 年間ヨーロッパに滞在中、食べ歩きの最後に本当に美味しい店に出会った際には、そちらのシェフにお願いし、1、2 日間の短期研修を受け入れてもらっていました。それらを含めるとなんだかんだで30 軒以上になるでしょうね。
 
中村 そう、かなりのレストランになりますね。そこで、今でもあのときのあの場面という記憶に残るレストランはどんな店がありますか?
 
下村 それはやはり先にも話しましたロワゾーで、フランス料理の神が私に降りてきたところですから。それ以外では、フランスに渡った際に最初に食べに行き、帰国迄には必ず勝負しておかなければ(笑)と感じたサヴォワ地方アヌシーのマーク・ヴェイラです。ミシュランから3 ツ星獲得の電話が来た瞬間に、シェフの脇で歓喜の場に立ち会うなど、刺激な体験もしました。
 
中村 ああ、マーク・ヴェイラさんね、あのシェフの厳しさはすさまじく、独特のようでいろいろと私も聞いておりますが、でも何かを持っているビッグシェフなのでしょうね。
 
下村 彼の独自性というのは、非常に特殊なものです。実際ここでは話せないような逸話も多々あります(笑)。
 
中村 自分がいいと思ったことは躊躇なくやる。
 
下村 味覚と感覚と、ハッタリとも言うべき独自性は、すさまじいもので、なんて言うんですかね、今まで働いて来たシェフ達とは全く違う料理感、感情を持たれていました。
 
中村 彼はボキューズさんとかトワグロさんなどの、大先輩の中でも平気で堂々と自分の主義主張を貫き通し、それは周囲がハラハラしているみたいですね。
 
下村 いやー、まったくそのとおりです。3 ツ星獲得後に地元アヌシーの5 ツ星ホテルでのボキューズさんとのコラボレーションの際には、敢えてディナー開始の直前に会場入りし、厨房内で荒れ狂うヴェイラ氏にボキューズさんが激怒し、その場が凍りついたこともありました。
 
中村 僕は彼の当時のオーベルジュ・ド・レリンダンの店が、絶対に3 ツ星取るといううわさがあって、一人で泊りがけで確かめに行ったことがあります。当時、フランス食文化の旅を毎年実施していて、その時も連続2 回の22 日間が終わり、皆様をパリの空港から見送った後、一人でミッシェルブラスに行き、その後、サヴォワまできて、彼の店にたどり着いたわけです。

要は疲れ果てていたけど、あそこのアンシー湖で取れる、かのオンブル・シュバリエを絶対に食べようと思って出かけたわけです。そしたら食欲もない中、注文もしていない料理がどんどん出てきて、慌ててギャルソンに尋ねたら、どうもマーク・ベェイラさんが、あいつは日本人のシェフに違いないと、いろいろとサービスで出してくれたわけですよ。もうはっきり言ってうんざりしていましたけれども、気合を入れて食べきりましたよ(笑)。
 
下村 彼はとても繊細なので、お客さまが料理を残されると大問題となります。そしてその方には違う新たな料理を出すわけです。で、お客さんがまた残すと、また出すの繰り返し。お客さんからの伝言で、サービススタッフが「シェフ、お腹が一杯でもう食べられないそうです。」と伝えた途端、そのサービススタッフの胸ぐらを掴み料理台の向こうから、厨房内に引き込むんです。で、案の定その流れはデザートに続きます(笑)。
自身の料理に対するすさまじい自信と同時に不安を持っているわけです。しかし、私にはその自信と不安の感情こそが、彼がトップシェフに登りつめれた理由ではないかと思います。
 
中村 なんとなくですが、よく分かる気がします。僕のそのときになにが関心したかと言うと、プラトー・フロマージュがすごかった。僕はフロマージュが大好きですから、感動しましたが、地元のサヴォワ地方のみならず、フランス各地のフロマージュがニつの大きなワゴンにあふれ、いまだかつて見たことのない風景でした。
 
下村 あの壮観なフロマージュのプラトーは素晴らしいですね。私も数知れず3 ツ星に伺いましたが、あれ程のものに出会ったことはありませんね。そして、私達の日々のまかないは人参や玉葱などの野菜のスープ。時折 食べるご馳走は、ジャガイモの皮のフライドポテト! とにかくすべてが規格外でした(笑)。
 
中村 うん、ちょっと珍しいよね、まかないはそこそこちゃんとみんな食べてたはずなんだけどな。
 
下村 まかないを作る時間、食べる時間が無かったのです。なにせ当時ははシェフを含め全キッチンスタッフはたったの5名で、洗い場スタッフもおらず営業後はみんなで、数時間かけて鍋洗い&磨きと。毎晩が大掃除のようでした。私達若いスタッフは近くの寮に住んでいたのですが、朝出勤の際に他のスタッフを迎えに行くと部屋にいない。夜逃げしているのです(笑)。朝に入社した新たなスタッフも夕方には姿をくらましていたりと、とにかく過酷な状況でしたが、皆が一丸となって3ツ星の獲得を信じて働いていましたので、私にとって料理人として「一皮向けた」店でした。その後、ロワゾーさんの紹介で、南仏のグラスのジャックシボアさんのところでお世話になりました。

こちらは、渡仏した90 年の夏、当時シボワさんが、シェフをされていたカンヌのホテル グレイ・ダビオンで食べた見事なプロヴァンス料理をどうしても学びたく、彼の独立を数年越しで待っていたからです。ジャックシボワさんは、パリ郊外のカメリアのジャンドラベーヌ氏、ポトフー時代のミッシェルゲラール氏の元でフランス料理の基礎をしっかりと学んだ、まさにフランス料理界のエリートコースを歩んでこられた方で、通常営業の南仏系の料理は元より、大人数のブッフェの際にはクラシカル且つオリジナリティ溢れる料理が振舞われていました。
 

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