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第25回 「おもてなしの精神」とは何か ~歴史に学ぶ接遇の極意~

第25 回 それは一つの作品から始まる

【月刊HOTERES 2015年08月号】
2015年08月12日(水)
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ホテルは無料の美術館
 
「美味しい食べ物やしゃれた会話、美しい窓越しの風景と同じようにアート作品と接することもホテルの楽しみ方の一つである」
 これは、ホテル日航東京の展示作品を監修した伊藤隆道氏の一文である(『FINE ART IN THE HOTEL』ホテル日航東京、1996 年)。
 
 ホテルに飾られる作品は、美術館とは違って自由に鑑賞できるところが魅力で、だから、楽しみも倍加するというのが伊藤氏の持論だ。
 
 前出の強羅ホテルやホテルナゴヤキャッスルのように、芸術作品を楽しみに、そのホテルを利用したお客さまがいるというのも道理である。
 
 古くは、こんな例もあった。
 35(昭和10)年に開業した新大阪ホテル。その2 階の喫茶室には、小磯良平の名作『コスチューム』が飾られていた。
 ある日、この絵の前でお茶を楽しむ婦人たちをモデルにした、小磯自身のスケッチ入りコラム記事が新聞に掲載されたことがあったという。婦人たちは、まさか、目の前の作品を描いた画家が自分たちの前にいるとは思ってもみなかったのではないか。いや、もしかしたら、小磯は自己紹介したかもしれない。いずれにしても、気品ある小磯の作品は、新大阪ホテルのおもてなしを象徴するような存在になっていたのではないだろうか。
 
掛け軸から抽象版画へ
 
 一つの芸術作品がホテルになじんでいくと、その作品がホテルを象徴する存在になっていく。来館者の中には、それを見て「また、お世話になるよ」と心につぶやく人もいよう。奈良ホテル(ロビー)における上村松園の小品『花嫁』から帝国ホテル(ランデブーラウンジ)における多田美波の幅25m にも及ぶ大作、通称『光の壁』に至るまで、その種類も大きさもさまざまだし、事例は枚挙に暇がないが、見る者にとって、あるいはホテルにとって、時間の経過とともにその作品は不可欠の存在となっていくのではないだろうか。
 
 芸術作品をここまでおもてなしに活用するのか、と思わせる旅館がある。『客はアートでやって来る』(山下柚実著、東洋経済新報社、2008 年)で詳細に紹介された、板室温泉(栃木県那須塩原)の大黒屋だ。
 
 創業が江戸時代以前にまでさかのぼるという歴史ある同館の経営を86(昭和61)年に引き継いだ室井俊二氏は、先代とは違う経営スタイルを築きたいと思い、客室の床の間にあった掛け軸をすべて外してしまった。
 
 だが、それに代わるものは何か、その答えを簡単に見出すことができず、2 年ほどは、画廊を巡ってさまざまな作品に触れて過ごした。
 
 室井氏が最終的に選んだのは、村井正まさなり誠氏の抽象版画だった。70 点ほどをまとめ買いして、館内の模様替えを行なった。それから27 年。いまでは美術展が催されるまでになっているが、室井氏はなぜ抽象画を選んだのか。
「私は、いったいこれは何なのかと興味を持って、何度でもみたくなってしまう作品が好きなんです」
 お客さまも室井氏の興味に触発されて、抽象版画に引かれていく。スタッフも「アートは、お客様の動線を自然に変えてしまう。そんな不思議な力があることを知ったのです」と語っていた。
 
現代アートで埋め尽くされた客室
 
 一つの絵画作品を飾るだけにすぎなかったホテルが美術展を開く。大黒屋のほかにも、ホテルオークラや京王プラザホテルなどの取り組みがよく知られている。本稿が出るころ、ホテルオークラでは21 回目を迎える「秘蔵の名品 アートコレクション展」が開催中であり、京王プラザホテルでは高さ2m を超える大花瓶などを展示した35 回目の「有田・伊万里 やきもの夏まつり」を終えたばかりだ。
 
 その京王プラザホテルでは5 月31日、珍しいイベントが行なわれた。現在、日本ではたった二人になってしまった浴場背景画絵師、丸山清人氏によるライブ・ペインティングである。氏の迷いのない筆さばきに年季を感じたが、出来上がった富士山の背景画は銭湯文化の紹介パネルとともに南館ロビーに1カ月間飾られ、ことに外国人客はこの絵を背景に記念撮影を楽しんだという。高尚な芸術作品でなくても、人気が得られたのだ。
 
 さて、そんな中、もう一つ大きな話題になっているのがパークホテル東京の「アーティストルーム」だ。
 
 これは2012 年末から始まっていて、客室の壁紙に新進気鋭のアーティストが直接絵を描いたりして、客室全体を一つの作品に仕上げたものである。今年6 月17 日付の毎日新聞も次のように大きく報じている。
 
「和の現代アートで埋め尽くすユニークなおもてなしが外国人客に受け、『ここに泊まりたい』と口コミで予約が集まる人気ぶりだ」
 
 最終的にはワンフロア31 室がすべて絵画で埋め尽くされることになるが、もともとはスタッフの発案から始まったという。
 
 出発点はさまざまだが、アートなおもてなしは、今後も重要度を増して注目を集めることだろう。

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