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第6回 平尾彰士  出会いの不思議な力 ~人生を変える出会いは誰にでもある~ 

第6回「ウェスティンホテルの歴史」

【月刊HOTERES 2016年04月号】
2016年04月01日(金)
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平尾彰士(ひらお・あきお)
1940 年2 月6 日生まれ。67 年11 月、サンフランシスコ都ホテル副支配人就任。70 年6 月、東京にウェスティンホテルのセールス事務所設立。リージョナル・セールス・マネージャー就任。85 年9 月、ウェスティンホテル&リゾート、アジア地区セールスオフィス副社長就任。2001 年1 月、スターウッドホテル&リゾート、日本・韓国・グアム地区統括社長就任。06 年4 月、日本スターウッドホテル㈱会長就任。同12 月、同社定年退職。08 年4 月、立教大学観光学部特任教授。10 年3 月、立教大学退職。現在ヒラオアソシエイツ代表。

ビジネスの多くの成功者が、年を重ねて思うことがある。「今の自分があるのは、あの時、あの出会いがあったからだ」と。日本人で初めて、スターウッドホテル&リゾート日本・韓国・グアム地区社長に就任した平尾彰士氏。本連載を通して、平尾氏が経験したことをもとに、次世代の経営者や若いホテリエにメッセージを伝えていく。

米国大恐慌時代から
第2 次世界大戦まで(1930-1945
 
 ウエスタンホテルは18 軒の運営でスタート、その後1939 年までにワシントン州、オレゴン州、アイダホ州、アラスカ州、カナダに広げていった。そんな中1941 年突然大きなチャンスが訪れた。すでに複数のホテルを所有・運営していたコンラッド・ヒルトン氏がサンフランシスコの有名なSir Francis DrakeHotel を売りに出したのである。本来は運営委託のみに専任するはずのウエスタンホテルが、ホテルに投資をするかどうか役員会で大議論となった。ヨーロッパでは1939 年英仏による対独宣戦布告があり、1941 年12 月には日米戦争が太平洋で始まったころである。これは「一つの賭けであった」と初代社長が回顧録で述べている。戦争中にホテルを買うことは勇気のいる決断である。
 
 しかしそれが素晴らしい結果をもたらした。米国国内の軍需産業の拡大による関連業者の旅行の増加、また戦線に向かう兵士と家族の面会などによる人の移動を受けて、このホテルは終戦まで客室稼働率ほぼ100% を維持。これが戦後のウエスタンホテルの成長路線に大きく影響したことは言うまでもない。

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