Georgette
シンガポールの画家であるジョルジェット・チェンが1969年に描いた「トロピカルフルーツ」を基に創造したカクテル。
どんな絵画なのかが分からず、試飲をした後に調べてみた。印象派の影響を色濃く感じさせる作品で、テーブルの上に置いてあるバスケットには、ライチやバナナといった南国のフルーツが描かれており、マルメロのような果実も見られる。ライチの棘の描写が非常に印象的だ。
そんな作品を基に創られたカクテルは、サントリーのROKUをベースに用い、ライチシロップ、リノマトビアンカ、ハニーシロップ、ハイビスカスティー、シトラスストック、シトリックソリューション、ソイミルク、フルーツバスケットが素材として使われている。
香りは、オリエンタルな紅茶のブレンドを思わせるフローラルな香りが優しく香る。ほんのりとピンクに色づいたカクテルに、氷にはバラのような刻印がなされており、フローラルブーケを想起させてくれる。ライチにハイビスカスといった香りがオリエンタルの雰囲気を醸し出し、シトラスにリノマトのハーバルなニュアンスが多層的に折り重なる。どことなく紅茶のブレンドを想わせる香りに不思議さを感じたが、ハイビスカスティーのティーの部分の影響かもしれない。
ナランジョ氏のカクテルは「ユニティ」がカギだと伝えたが、このカクテルでは、ハニーシロップとソイミルクが良い働きをしている。ソイミルクは牛乳がダメな方にも優しい素材であり、口当たりを変えてくれる。そこに、ハニーシロップが加わる事で、甘さと濃度が加わり、全体をシトラスでバランスを整えることで調和を生み出している。
フルーツの要素、花の要素、甘さ、酸味、柔らかな口当たりと透明感。ピンク色がまるでバスタブに浮かぶバラの花びらのような優雅さをイメージさせてくれる。こうした要素が重なり「オリエンタル」な雰囲気が生み出されている。
A Space Odyssey
1968年のサイエンスフィクション映画からインスピレーションを受けたカクテル。
実は、この映画も見たことがない。しかし、このカクテルには宇宙の旅を感じさせてくれる仕掛けが巧妙に仕組まれている。それは味わいと見た目で感じることができる。
先ずは見た目から説明しよう。ロケットの先端をイメージさせてくれる氷が印象的で、周りには金粉と思しきキラキラ(グリッター)が浮いている。そして時間が経つにつれ、氷が徐々に溶け出し、グラスの中で対流が生まれる。この対流に沿ってグリッターが動くため、まるでロケットが銀河を進むような演出が見て楽しめる。
そして味わいだが、口に含んだ際の泡と中盤の泡で感覚が異なるように感じる。これは泡由来なのか酸味による刺激なのか判断が難しいところではあるが、ソーダ水によるやや大きめの泡と、シャンパーニュによる中盤以降の細かな泡ではないかと感じた。ミックスベリーの香りに、ハニーシロップ由来の柔らかさとほのかな甘さ、全体を引き締めるレモンの酸味と泡や味わいにコントラストがあり、多段階ロケットのような楽しみがある。
素材には、ベースに「知多」を用いている。その知多に、ブルーベリーやブラックベリー、ラズベリーなど様々なベリーを漬け込んでおり、ハニーシロップ、レモンシュラブ、ソーダ水、シャンパーニュ、グリッター(金粉)も使われている。シンプルながら、1杯で見た目にも味わいにも2度楽しめるカクテルに仕上がっている。
Mondrian
イヴ・サンローランが1965年に発表したオートクチュールドレスへのオマージュカクテル。
このカクテルは、他のカクテルと違いファッションがテーマになっている。液面に浮かぶライスペーパーの模様から、モンドリアンがどんなデザインなのかが一目でわかる。飲み手からすれば、ファッションがテーマになっているカクテルは、どのような工夫がなされているのか興味が沸く。例えば、素材の質感はどうやって出すのかとかがそれにあたる。
ベースにはサントリーのROKUが用いられており、リノマト、シナモンシロップ、クラリファイドアップルジュース、シトラスストック、卵白にライスペーパーが飾られている。
味わいだが、ファッションという文脈で考えたところ、一番初めにイメージが沸いたのは香水であった。しかも、クラシックで正統派の香水の印象だ。この香りは、ジンに加えて、リノマトのボタニカル、そしてシナモンからくるものだ。香水はトップ、ミドル、ラストで香りが変化する。トップはジンのハーバルさに加えて、柑橘などのフレッシュさもありフローラルさが感じられ、ラストに近づくと、特にシナモンやクローブ、バニラ様の香りが感じられる。この香りの変化が香水をイメージさせてくれる。
ジンを用いており、前述のハニーシロップを用いたカクテルよりはかなりドライな仕上がりになっている。ドライさが過度にならず、香りと共に卵白による優しい口当たりとボディが続くため、ソフトさが感じられる。アフターにリンゴの香りが広がるが、他のフレーバーの影響もあってか、ジャスミンに似た香りが感じられる。
卵白の影響だが、口当たりだけではない。卵白を加えない場合だと、味わいに厚みがでないが、加える事で口当たりを良くしつつ厚みを出す事に寄与している。また、泡がしっかりとでるので、ライスペーパーを浮かべることもできる。この卵白が、ベースのお酒の衣になっており、オートクチュールを纏っているような感覚を想起させてくれる。よく考えられた構成だ。
Kim Sisters
1960年代にアメリカで活躍し、韓国ガールズグループの元祖ともいわれる歌手をイメージしたカクテル。
このカクテルを試飲する前に、少し説明があった。シンガポールは日本より南にある為、当然暖かい。暖かい国では、ホットカクテルが出ないそうだ。そこで、何とかしてホットカクテルを楽しめるようにと工夫して出来たのがこのカクテル。今では、アイリッシュコーヒーを飲みたいならリパブリックへ行けと言われるほど、バーを代表するカクテルになっているようだ。
このカクテルは、ベーススピリッツの選定が素晴らしい。ここを違うものにすると、ここまでの完成度は出ないであろう。材料は、チョコレートをインフュージョンさせた「メーカーズマーク46」をベースに、コーヒー、ミスターブラック・コーヒーリキュール、ヘーゼルナッツシロップ、クリーム、ダルゴナクラムズが用いられている。
試飲してまず思ったのは口当たりの良さ、「クリーム感が上手にでている」ということだ。一体感に優れているカクテルで、どこがどうよりも、このクリーミーな味わいが良いと感じさせてくれる。
ほんのりとぬるめの温度で提供されるため、アルコールの揮発感もない。メーカーズマークの小麦由来の柔らかさに加えて、コーヒーの香りをより引き立てるキャラメルやバニラ、オーク樽のニュアンスが心地よい。こうしたベーススピリッツの主旋律に、コーヒー、ヘーゼルナッツ、クリーム、キャラメルといった香りが重厚的に香り、奥行きと満足感を出してくれる。
クリーム感が良く出ていると最初に指摘したが、これは、コクがあり飲みやすい(飲み口が良い)ことの裏返しでもある。ホットカクテルを暖かく、アルコール感があるまま提供しては好まれないが、口当たりの濃厚さ、香りの奥行のバランスを整えることで一体感を出している。アイリッシュコーヒーを飲みたいならリパブリックへというのも納得する完成度と味わいだ。
総評として
パウロ・ナランジョ氏が大切にしているバランス感は、酸味や甘さといったバランスではなく、口当たりを含めた作品全体の統一感という意味でのバランスだと感じた。そして、そのバランスを短時間で整えられる技量も素晴らしかった。よくコンペティションで制限時間内にいくつかカクテルを作るチャレンジがあるが、日頃からそうした環境に置かれなくては、なかなか対応できるものでもない。2022年度の「アジアのベストバー50」の第12位に入賞し、シンガポールのカクテルシーンを牽引するバーテンダーとしての技量とセンスを十分に楽しめる内容であった。
「リパブリック」バーテンダー、パウロ・ナランジョ氏
飲食物管理の学位を取得後、2010年にザ・リッツ・カールトン・ミレニア・シンガポールに入社。2012年に飲食部門に異動となり、バーテンダーのキャリアをスタートさせると、瞬く間に頭角を現し、2018年には、カンパリ バーテンダー コンペティションで準優勝した実績を持つ。特にガーニッシュを使ったユニークなカクテルを作るための様々なテクニックを研究しており、日々、研鑽を行っている。
担当:小川