横山久美子氏。調理師学校卒業後、イタリアンレストランでの勤務を経て、「暗闇坂宮下」にて和食の料理人としてのキャリアをスタート。妊娠を機に店舗勤務から退き、出産後はフリーの料理人として活動するかたわら、料理教室の開催にも取り組む。その後、「Préférence」でパティシエとしての経験を積み、「grisgris」を開業した
和食料理人であり、パティシエでもある横山久美子氏が、東高円寺に“菓子ときどきレストラン”をコンセプトとした店舗「grisgris(グリグリ)」を開業した。オーダー菓子を主軸に、不定期で焼き菓子やケーキの一般販売も行い、今秋から冬にかけては、完全予約制のカスタマイズレストランの営業もスタートする予定だ。
店舗キャラクターには、息子が初めて‟ママだよ!“と描いてプレゼントしてくれたという絵を採用。店内には、ほかにも子どもたちが幼いころに描いた絵が随所にあしらわれており、スタイリッシュな空間にアットホームな温かみをさりげなく織り交ぜている点にも、横山氏のセンスが光る。ちなみに“grisgris”とは、フランス語で“お守り”を意味する言葉だ
まずは「暗闇坂宮下」引退後、フリーの料理人として活動してきた横山氏が本格的に店舗を構えた経緯について伺った。
「もともといつかは!という気持ちがある中で、子育ても少し落ち着いてきて、年齢的にも40代を迎えるタイミングであり、家族の理解もあったことから開業するに至りました。地域的に食に対する意識が高い方たちが多い住宅地であることも背中を押してくれた一因です。また、最近ではパティシエとしての活動がメインになりつつありますが、和食の料理人としての自分も大切にしていたいという思いがありました。であれば、お菓子も料理も提供できる空間を持とうと、今のスタイルで店舗デザインをお願いしました。主人がフレンチの料理人なのですが(※都内ラグジュアリーホテル料理長の横山龍氏)、彼にもラボとして使ってもらえる仕様にしたので、レストラン営業に関しては和食に限らず、お客さまのご要望ごとに自由なスタイルで展開できればと考えています」。
ちなみに、結婚、出産、子育てといったライフステージの変化とキャリアの両立という課題は、多くの女性料理人にとって人生の大きな選択を迫られる過程でもある。横山氏は、そのような転機に際して、どのような視点でキャリアを選択してきたのだろうか。
「もともと結婚が早かったのと、主人も料理人という環境での結婚でしたので、例えば夜遅くなるなどの仕事環境に対する理解はありましたし、フレンチと和食とジャンルが違うこともあってライバルになるようなこともなく、むしろ料理という共通点を夫婦のコミュニケーションのひとつとして持ててきたことで精神的にすごく楽でしたし、助けられたことも多かったです。ですから結婚とキャリアの両立という面においては、自然な流れの中で取り組めてきた感じでしょうか? それよりも大きな転機だったのは妊娠でした。和食業態だったので、一般的にご飯や魚といったつわりを誘引しやすいといわれる食材を使うことが必須な環境でした。私としても初めての経験でつわりがどういうものなのかが解らないながらも、当時調理場を2人で回している状況だったので、現場に迷惑をかけてはいけないとの思いから妊娠が解った時点で職場に辞意を申し出ました。結果的につわりというつわりがなく(笑)、社会に出てから初めて自由な時間ができたことで、それまでなかなかできなかった食べ歩きなど勉強の時間を持つ期間になったわけですが・・・(笑)。そんな状況だったので、もうちょっと現場で働けたかな? という思いがありつつも、そこまでは両立という意味では特に苦労もなく過ごせており、キャリアと私生活の両立ということに本格的に向き合うということが始まったのは出産後ですね。
1人目が生まれてからほどなく2人目も生まれたので、彼らが幼いころは何はともあれ母親業最優先で、子どもたちや家族、友人に作る料理に板前としての思いや表現を投影していたと思います。子どもたちが少し大きくなってからは友人たちから頼まれてケーキを作ったり、お正月やお食い初めなどの“ハレの日の料理”をお手伝いしたり、料理教室を開催したりと少しずつ第三者への活動をはじめました。加えて、下の子の就学くらいから朝であれば家をあけても大丈夫という環境が整ったので、『Préférence』の門を叩きパティシエとしてのキャリアを本格的にスタートさせました」。
和食畑でのキャリアからなぜ、パティシエだったのだろうか?
「上の子がまだ離乳食だった際に、離乳食ケーキを作ったことがあったんです。その際にあまりの完成度の低さにショックを受けて…それで火がついたというか(笑)? 気がついたら調理師学校時代の製菓の教科書をひっぱりだし、製菓関係の仕事に進んでいた友人たちに教えを請い、家でお菓子作りをするようになっていました。最初は試行錯誤なこともありましたが、性格的に石橋を叩くところがあり、洋食から和食の世界へ移った当初がそうだったように、お菓子作りに関してもひとつひとつの工程を納得いくまで何度何度も練習する中で楽しさも味わえるようになっていって。一例をあげれば、和食の場合だと桂剥きをプロとしてだせるレベルになるように何度も練習をするのですが、それが製菓だとクリームの搾り出しだったりといった感じでしょうか? また、子どもたちからのリクエストでプレートにチョコレートで絵を描いたものをケーキにのせるようになったのですが、それもそこからはまり、今では『grisgris』の人気商品のひとつになっています。こんな形で遊び心とクリエイティブな表現を反映しやすい楽しさがあったことに加え、『Préférence』の池田シェフとの出会いも大きかったです。シェフの製菓に対する取り組み方や技術に触れ、パティシエという職業をさらに追及したいと思うようになっていきました」
と返ってきた。
現在は子どもたちが学校へ行っている間や就寝後の時間を制作時間にあてており、また『Préférence』への出勤も続けていることから不定期営業と注文菓子の販売のみでの活動だが、子どもたちの自立に合わせながら営業スタイルは変えていく予定だという。また今秋以降、完全予約制のカスタマイズスタイルで展開するレストランも徐々に始めたいといい、女性料理人の新たなキャリアの築き方を横山氏は見せてくれている。
「まだまだ日々、修行中です」
と料理にも製菓にも謙虚な姿勢と探求心を忘れない横山氏だが、彼女の作るものは料理も製菓も実に美味しい。
ぜひ一度、「grisgris」に足を運んでみてもらいたい。
「grisgris」
https://www.instagram.com/grisgris0728/








担当:毛利愼 ✉mohri@ohtapub.co.jp