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毛利愼の外食エンターテインメントVol.134

トップソムリエ・木村好伸氏に伺う、ニューワールドワインの魅力とブランディング

2025年05月27日(火)
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”鮨m“には、オープンキッチン内にソムリエ専用のドリンクカウンターがある。木村氏が手がけるワインや日本酒、カクテルの一杯一杯が料理と響き合い、‟鮨m“ならではの一期一会の味わいを引き立てている
”鮨m“には、オープンキッチン内にソムリエ専用のドリンクカウンターがある。木村氏が手がけるワインや日本酒、カクテルの一杯一杯が料理と響き合い、‟鮨m“ならではの一期一会の味わいを引き立てている

テロワールの表現を重視するワイン造りが進化し、ニューワールドのワインは世界市場で存在感を増している。例えば、オーストラリアの‟ヤンガラ・エステート・ヴィンヤード“は自然との共存を目指し、ビオディナミ農法を取り入れている点が評価されている。また、ニュージーランドのモトゥエカ地区では、日照量の多い気候と多様な土壌が独自の風味を生み出すことで人気だ。昨今ではヒマラヤの地で作られる‟誕生地”に代表されるような、高い標高でのブドウ栽培における寒暖差が生み出す味わいが解りやすく出ているワインもトレンドとなっており、それらの単一区画を高単価で出していくブランディング手法にも注目が集まっている。これらの取り組みは、ワインの多様性と品質向上に寄与しており、オールドワールドワインとはまた一味違った魅力を味わえることでもワインファンに喜ばれている。
 
ニューワールドワインは、デイリーワインとしての親しみやすさで広く受け入れられている一方で、歴史の浅さやブランド認知の点では、依然としてオールドワールドの銘柄に比べて弱い部分がある。特に五大シャトーのような高価格帯の商品になると、その価値を判断しきれず、購入をためらう消費者も少なくない。
 
長年ミシュラン二つ星‟NARISAWA“でヘッドソムリエを務め、カナダの‟Eight”やポルトガルでのコラボディナー、オーストラリア‟Pair’d Festival“への招待、さらに2025年に‟The World’s 50 Best Bars”注目店に選ばれたカルガリーのラグジュアリーバーでのカクテル監修など、国際的に高く評価されている木村好伸氏。現在は‟鮨m“や‟蟹王府”などを展開するDinnerBank㈱の取締役としても活躍する、日本を代表するトップソムリエの一人だ。今回は、そんな木村氏にニューワールドワインの魅力とそのブランディングについて話を伺った。
 

木村好伸氏。ニューヨーク “Megu”でソムリエとしてキャリアをスタート。日本酒ガラディナー等、日本酒文化を海外へ発信した。09年に帰国。東京・南青山のミシュラン二つ星“NARISAWA”で10年間ヘッドソムリエを務め、19年、表参道に寿司店“鮨m”を開業。20年には日本橋の “蟹王府”の立ち上げにも参画。 24年にThe Japan Times 英語版で特集記事が掲載された
木村好伸氏。ニューヨーク “Megu”でソムリエとしてキャリアをスタート。日本酒ガラディナー等、日本酒文化を海外へ発信した。09年に帰国。東京・南青山のミシュラン二つ星“NARISAWA”で10年間ヘッドソムリエを務め、19年、表参道に寿司店“鮨m”を開業。20年には日本橋の “蟹王府”の立ち上げにも参画。 24年にThe Japan Times 英語版で特集記事が掲載された

まず、現在のニューワールド市場について伺った。
 
「近年、ニューワールドワインは“再構築”の時代を迎えていると感じます。以前は果実味が強く、アルコール度数の高いスタイルが主流でしたが、最近では標高や寒暖差などテロワールの特徴が明確に表れる冷涼産地の“単一区画”ワインが注目されており、プレミアム化・ブランド化を意識したマーケティングが進んでいます。たとえば、マクラーレン・ヴェイルのグルナッシュはその好例で、シグネチャー的な存在として高価格帯で展開されています。

また、低アルコールでカジュアルな“ペットナット・オレンジ”などの自然派ワインもトレンドのひとつです。オーストラリアの自然派トップ10にも多数ランクインしており、ファッション的な感覚で飲みやすく、微発泡状態で瓶詰めすることで‟無添加で商品化できる“というヘルシーな印象も、特に若い世代に支持されています。さらに、回転率の高さや在庫リスクの低さ、小規模な設備投資で製造可能といった点から、小規模ワイナリーが参入しやすく、市場拡大の原動力となっています。

もうひとつの大きな流れが“サステナブル”な取り組みです。たとえばチリのSCWI認証のように、環境への配慮を証明する取り組みが注目されており、太陽光パネルの導入やリサイクル率の改善、さらには労働環境や教育プログラムの充実など、社会性も含めた総合的な価値が評価されています。中には、これらの取り組みを発信することで売上が20%増加したというワイナリーもあります。加えて、温暖化への対応として早熟で耐暑性のあるテンプラニーニョのような品種への転換も進んでおり、ニューワールドの柔軟で挑戦的な姿勢が、これからのワインの未来を切り拓いているように思います」。
 
作り手やテロワール、ブランドによる商品力や新たなカルチャーの創生など、ニューワールド市場も今や、拡大期から成熟期に入りつつあるのを感じるお話だ。が、ここで一点、ニューワールド市場が抱える‟壁“があることも事実だ。何かといえば高価格帯商品市場での評価だ。その点について木村氏の見解を伺ったところ、
 
「確かに、ニューワールドにはオールドワールドが連綿と受け継いできた歴史や伝統といった強みがありませんから、高価格帯市場への参入には一定のハードルがあります。特に“グランクリュ”のような格式や格付けに基づいた信頼感がない分、どうしても比較されてしまう傾向があります。

しかし、一方でニューワールドの生産者たちには“ストーリー性”や“テロワールの個性”、さらには“造り手の哲学”といった点を明確に打ち出すことで新たな価値の創出を自由にし得る強みがありますし、そういったものをしっかりと作っている作り手も多いです。例えば、小区画から生まれる限定生産のワインを“シグネチャー”として打ち出し、ブランドの象徴的存在にすることでプレミアム感と希少性を訴求する。またデザインやネーミング、マーケティングの力を組み合わせることで高価格帯でも評価される商品化に取り組むなど。実際、そういった企業努力により、評価を得ているワインが増えてきている実感もあります。加えて、昨今はお客さまも“どこで・誰が・どうやって造っているのか”という情報に対して非常に敏感な方が増えていますので、そうした‟背景“に共感していただくことで、手に取っていただけるケースが増えています。そして、この共感を得ていただく場面でどれだけそのワインの魅力をお伝えできるか? に、われわれの仕事の意味があるとも考えています」
 
と返ってきた。ちなみに、ワインに限らず、ウェルカムドリンクの出し方ひとつで、食事や旅行の体験を驚くほど豊かなものにできるという。このひと工夫が店舗や施設のブランドイメージに与える影響や顧客満足度を高める上で思いのほか大きな力になるという。
 
「例えば私自身の経験ですが、ポルトガルを訪れた際、宿泊したホテルで出されたウェルカムドリンクがポルト酒だったことがあります。ポルト酒は言わずと知れたポルトガルの“地酒”ですが、その一杯によって‟ポルトガルに来たのだ!“という実感が湧き上がり、旅のスイッチが一気に“加速モード”に入った経験があります。まさに、ウェルカムドリンクの力を再認識させられる体験でした。このように、ウェルカムドリンクは旅や滞在の印象を大きく左右する要素となり得ます。たとえば、先日‟鮨m”でコラボディナーを開催したヒマラヤ秘境ワインの‟誕生地“のように、新規性・希少性・地域性に富み、かつ非常に味わい深いワインなどは、‟かの地”の魅力を伝えるには最適です。こうしたワインを、たとえば中国系のラグジュアリーホテルが、VVIP向けにウェルカムドリンクとして和菓子と一緒に‟物語の掛け算”で提供すれば、滞在の始まりを印象的なものに演出できると思いますし、ホテル自身のブランド力の向上や差別化を図る上で大きなポテンシャルがあるのではないでしょうか?」。

中国雲南省北西部のシャングリラエリアで展開される‟誕生地“。チャン・ホアンルンとホアンゲン兄弟が世界で通用する中国産ワインを作りたいと、08年に設立した‟スーパーヒマラヤ”の呼び声高いワイナリーだ。中には1本60万円と5大シャトー並みに高価格帯銘柄もあるが、既にシンガポールやアメリカ、中国では富裕層の間で評価が高まっている
中国雲南省北西部のシャングリラエリアで展開される‟誕生地“。チャン・ホアンルンとホアンゲン兄弟が世界で通用する中国産ワインを作りたいと、08年に設立した‟スーパーヒマラヤ”の呼び声高いワイナリーだ。中には1本60万円と5大シャトー並みに高価格帯銘柄もあるが、既にシンガポールやアメリカ、中国では富裕層の間で評価が高まっている

ちなみに木村氏といえば、ワインと日本酒を組み合わせるなど、ジャンルの垣根を超えた自由な発想によるペアリングメニューの構成に定評があり、ガストロノミーの世界に新たな風を吹き込んできた存在としても知られている。味の個性が強いブランドも多いニューワールドのワインと料理のペアリングについては、どのように考えているのだろうか?
 
「これはワインに限らず酒類全般に言えることですが、どんなに個性の強い味わいを表現しているワインでも自然にあるものから作られていますから、同じように自然のものを使う料理と合わない物は基本的にないと考えています。ただ、ワインの個性が強ければそれだけ、食材や料理との相性がビビッドになることも確かです。ですから私は、ペアリングメニューを考える際にまずは食材や調味料の構成要素を分解してみるようにしています。そうすると、何かしら“接点”となるものが見えてきますので、自ずとどういったワインを組み合わせるとより美味しさの掛け算につながるのかも見えてきます。例えば、鮪は泳ぎ続けるという生態から乳酸の含有率が高い食材です。なので、同じく乳酸発酵により醸造される醤油との相性がいい。それであればワインも同じ観点から何が合うだろうか? と考えればいいわけです。ただ、一口に鮪といってもどの部位を、どのような調理法で、どのような温度、これは料理も食事をする環境も、で提供するのかによって構成要素は変わってきますから、一概に鮪であればこれが合うということは言えません。それが寿司なのであれば、シャリに使われている米や酢の種類、わさびとの相性なども構成要素として入れなければいけません。メーカーズディナーなどの場合は特定の飲料や食材が主役となりますから、それらの構成要素を主軸に料理を考える必要も出てきます。

そういったトータルの要素をいかに分解し、そこにどのような接点や親和性を見つけるかによって、ペアリングが生み出す掛け算の世界観はいかようにも作りだせると思いますし、そこに面白さがあります。また、対お客さまの視点に立てば、そこで満足度が高めることができれば、レストランやホテルの付加価値を高めることにもつなげられると思います」。
 
これらの発想や実際のメニュー設計が生み出されるには、ワインだけでなく、料理や食も含めた文化に対する知見や理解、経験値、さらにはセンスといったものの掛け算が必然であることはいわずもがなだ。故に、一朝一夕に木村氏が創り出す世界観に誰もが辿りつけるものではない。しかし、その世界観に触れることは可能だ。場合によっては、門を叩くこともできるだろう。昨今は世界で勝負しうる日本産ワインも増えている。この文脈から、レストランやバー、VVIPサービスの質を高めたい事業者は、木村氏に一度相談してみるのもいいだろう。
 
「鮨m」
https://www.sushi-m.com/
 
「蟹王府」
https://www.shintai.co.jp/

木村氏Instagram
https://www.instagram.com/yoshinobu.kimura.54/

 

‟誕生地“ワイナリーでは、ぶどうの収穫など手作業が多く、その大部分を地元の女性たちが担っている。彼女たちへの感謝、そして支援の意味も含め、同ワイナリーでは毎年11月20日、その日の‟寶荘”の売り上げをすべて彼女たちに還元するようにしている
‟誕生地“ワイナリーでは、ぶどうの収穫など手作業が多く、その大部分を地元の女性たちが担っている。彼女たちへの感謝、そして支援の意味も含め、同ワイナリーでは毎年11月20日、その日の‟寶荘”の売り上げをすべて彼女たちに還元するようにしている
ストーリープレゼンテーションは、酒類に限らず、その日のディナーや宴の意図、使用される食材との調和を伝える点においても、店舗ブランディングにおける重要な要素である。木村氏のディレクションは、そうした演出面でも常に魅力にあふれている
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ネタが先か?ドリンクが先か? ‟鮨m“で開催された‟誕生地“ワイナリーとのコラボディナーで出された、北海道浜中の雲丹。ナガコンブだけを食して育ち、天然物の2~3倍の売価で取引される最高級の雲丹だ。濃厚かつ旨味溢れる味わいであるが、同時に雲丹独特のクセもある。この食材に木村氏があわせたワインは…
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北海道浜中の雲丹に合わせられた‟DanSheng Di Bucun 2018“。エレガントな味わいのフルボディ。海外では既に富裕層から大きな支持を得ていることから、日本でも高価格帯市場での展開をしてく予定しているプレミアムワインだ
北海道浜中の雲丹に合わせられた‟DanSheng Di Bucun 2018“。エレガントな味わいのフルボディ。海外では既に富裕層から大きな支持を得ていることから、日本でも高価格帯市場での展開をしてく予定しているプレミアムワインだ
木村氏のクリエイションワールドは、まさに“リミットレス”な遊び心と自由な発想に満ちている。画像は、清澄白河の人気店“Koffee Mameya Kakeru”と“鮨m”で開催された‟Coffee & Sake Cocktail × 江戸前鮨“のペアリングイベントでの一杯。コーヒーと鮨という、一見相容れない組み合わせを結びつける発想は、どのようにして生まれたのだろう?
木村氏のクリエイションワールドは、まさに“リミットレス”な遊び心と自由な発想に満ちている。画像は、清澄白河の人気店“Koffee Mameya Kakeru”と“鮨m”で開催された‟Coffee & Sake Cocktail × 江戸前鮨“のペアリングイベントでの一杯。コーヒーと鮨という、一見相容れない組み合わせを結びつける発想は、どのようにして生まれたのだろう?
北京ダックと上海蟹をメイン食材に、‟蟹王府“で茅台酒とのペアリングイベントを開催した際には、さまざまなカクテルをクリエイション。画像は茅台酒と紹興酒を、ラムをトリガーにプーアール茶と共にまとめた際のラインナップ。この他に干し蝦のフレーバーを纏わせたり、陳皮の蒸留水と共にしあげるなど、非凡且つ魅力的な木村ワールドのカクテルがいくつも提供された
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24年、オーストラリア・マーガレットリバーで開催されたペアード・マーガレットリバーでは、鮨mの板長である橋本純也氏と共に招待され、地元の人気店‟デセンダント“とコラボレーションし、‟スシ・エム・オマカセ・ディナー”を開催した
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23年、3日間に渡りポルトガルの‟Casario“、‟Euskalduna Studio”で行われたペアリングディナーでの一幕。ペアリングメニューに使われるワインはポルトガルワインのみという中、‟Euskalduna Studio”では当日入りの当日本番というシチュエーションだったため、インスピレーションでメニューを構成したという
23年、3日間に渡りポルトガルの‟Casario“、‟Euskalduna Studio”で行われたペアリングディナーでの一幕。ペアリングメニューに使われるワインはポルトガルワインのみという中、‟Euskalduna Studio”では当日入りの当日本番というシチュエーションだったため、インスピレーションでメニューを構成したという

担当:毛利愼 ✉mohri@ohtapub.co.jp

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