「寿司といえば、富山」。これは、2023年から富山県が10年計画で、県を挙げて取り組んでいるブランディングプロジェクトである。取り組み以前から同地は、空路・陸路を問わず、玄関口に足を踏み入れた瞬間から寿司のビジュアルに出迎えられる土地だ。一口に“すし”といっても、一般的に江戸前寿司として知られる握りずし(同地では“富山前寿司”と呼ばれている)にとどまらず、“ます寿し”や“かぶらずし”など、日常の食文化として“すし”が深く根付いている。
そうした背景のもと、本年、富山県が11月を「寿司といえば、富山」月間、11月第3日曜日を「寿司といえば、富山」の日として宣言した。寿司を入口に、富山県庁食堂で富山の寿司を数量限定で販売する体感フェアや日本最古(※現存する者の中で)の魚津水族館で、目の前の魚が“寿司になるまで”を‟見て・知って・味わい“ながら楽しむ特別イベント‟寿司ネタライブ魚津水族館~泳ぐネタから、握るネタ~”、東京のメディアを対象にプレスツアーを開催するなど、多角的な施策を展開している。さらに、㈱Mizkanが運営するすしについて知る・作る・楽しむをテーマに情報発信をするサイト「すしラボ」に、寿司で連携をしている富山県と北九州市のご当地寿司を登場させたり、富山県酒造組合に加盟する14社と共に「寿司と相性が抜群のお酒」を企画し、同時発売するなど、県内外の企業・団体とのコラボレーションにも力を入れている。
32年をひとつの区切りとして取り組まれている「寿司といえば、富山」ブランディングプロジェクト。“寿司”をフックとしたウェルビーイング施策である本取組みは、富山県が掲げる成長戦略“6つの柱”のひとつとして位置づけられており、“幸せ人口1000万人”を目指す富山県の方向性を象徴する施策だ
“すし”を起点とした観光誘致の施策は、食の領域にとどまらず、富山県の工芸技術や“置き薬”を源流とする芸術文化の領域とのコラボレーションも含まれている。工芸の街として知られる高岡市では、金属、漆、木工など、400年以上受け継がれてきた工芸技術が今も息づいており、ものづくり産地の未来を創る“ツギノテ”が、富山県で活躍する24人の工芸作家や職人とともに、「回転寿司の皿」をモチーフにした44種類の一点ものの寿司皿を制作した。“先用後利”の独自販売システムで知られる“富山の置き薬”は、その文化がパッケージデザインや印刷技術の発展にも貢献してきたとされ、実用性と視認性を兼ね備えたデザインが、今日のパッケージ産業の礎となったともいわれている。こうした背景を踏まえると、先に紹介した「寿司と相性の良い酒」のパッケージデザインや、“すし”をモチーフにしたグッズやガチャ商品など、食体験とデザインをあわせて楽しむことも、富山を訪れる“すし観光”の魅力のひとつといえるだろう。
標高約3,000m級の立山連峰から、“天然のいけす”と呼ばれる水深約1,000mの富山湾へ。標高差4,000mを有する同湾には、日本海に生息する魚種約800種類のうち、500種類が集まるといわれている。さらに、深海底が海岸近くまで迫っていることから、セリにかけられる魚介類は水揚げ後、漁港に到着するまでの時間が短く、鮮度が特に高いことでも知られる
本取組みは自治体が推進主体となり、“食、酒、器、観光といった地域資源”を横断的に結び、官民一体となった集中的なPRへとつなげた、非常に興味深い施策である。官と民それぞれの役割や強みをバランスよく連携し、実装へとつなげられている点も、今後の地域施策において参考となるポイントだといえる。地域ならではの文脈を生かしつつ、多層的な価値を編み上げていくこのアプローチは、今後の地域観光や文化施策を考える上でも、ひとつの有効なモデルとなり得るだろう。今後も富山県の“すし県”ブランディングの展開を注視していきたい。
「寿司といえば、富山」
https://www.pref.toyama.jp/sushitoyama/








取材・執筆 毛利愼 ✉mohri@ohtapub.co.jp




